びぶろす-Biblos
平成21年春号(電子化44号)
- 発行:国立国会図書館総務部
(National Diet Library) - ISSN:1344-8412

2. 映像アーカイブの7原則
桂 英史

(筆者)
この1年あまり、どういう巡り合わせなのか、映像アーカイブ関係の シンポジウム企画に関わってきた。ひとつは『映像アーカイブの未来』 (国立近代美術館京橋フィルムセンター・2008年11月29日)。もうひと つは『岩波映画の1億フレーム』(東京大学福武ホール・2009年2月14 日)。『映像アーカイブの未来』は東京藝術大学大学院映像研究科博士課 程の学生らが文化庁から助成を受けて企画したもので、海外からはNFB(カ ナダ国立映画制作庁)、INA(フランス国立視聴覚研究所)、KOFA(韓国映像資料院)、国内からはNHKとコミュニティシネマセンターといったように、世界中の主な映像アーカイブから実務者を招請し意見交換を行う場となった。
(シンポジウム『映像アーカイブの未来』のポスター)
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また『岩波映画の1億フレーム』はここ10年あまり旧・岩波映画を公的な映像文化財とすべく「運動」してきた関係者の努力が結実し、ネガフィルムが東京大学大学院情報学環と東京藝術大学大学院映像研究科との共同名義のコンソーシアムに寄贈され、国立近代美術館京橋フィルムセンターに保存されることになったことを記念して開かれたシンポジウムである。いずれしても、著者にとっては映像アーカイブの必要条件を否応なく考える機会となった。

(シンポジウム『岩波映画の1億フレーム』のポスター)
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(シンポジウム『岩波映画の1億フレーム』の会場:東京大学福武ホール)
結論から先に言うと、映像アーカイブとは映像表現の「殿堂」である。さらに言えば、「聖域」でなければならない。では、映像表現の「殿堂」であり「聖域」である映像アーカイブとは資料(source)を保存し再度見ることが担保されている機関でなければならない。映像を資料として考えると、その対象となる一次資料(Primary Source)はきわめて多様である。その多様性には映像をめぐる要素技術が100年以上にわたって技術革新を繰り返し低コスト化により業界が更新・再編されてきたという背景がある。
映像表現の「王様」と言えば映画である。いわゆる「映像」は映画という伝達のフォーマットを中心として考えられてきたし、現在でもその中心的な立場はそれほど変わっていない。テレビ放送や広告は映画をモデルとしながらも、それを乗り越えて映画とはまったく異なる表現のフォーマットを確立してきた。アニメーションは絵画や人形劇を動く絵として、単なる「動く絵」とは異なる表現のフォーマットを確立した。コンピュータが映画をはじめとする映像に影響を与えたことは計り知れないが、ゲームなどコンピュータによる映像表現をもちいている分野は多岐にわたっている。さらには、美術の分野でも映像表現は作品そのものとしてはもとより、ドキュメント(記録)やPR(企業・政府・機関等)でも映像が駆使されているケースも多い。
そんな映像を一次資料(Primary Source)として保存し、修復し、公開する組織という点では、映像の分野ではシネマテークという施設が先行している。その点でも、映画というジャンルは「王様」と言えるかもしれない。
このような保存継承していく組織・機関あるいは展示・上映するシステムが映像アーカイブであるが、この映像アーカイブという用語は誤解されやすい。映像を蓄積していて配信するサービスがアーカイブだと勘違いされることもある。そうなるとYouTubeのような映像配信サービスが映像アーカイブということになってしまう。アーカイブは決してデジタル映像配信サービスでは決してなく、映像の一次資料(フィルム、ビデオ等映像を記録できる媒体すべて)を現状維持できる保存庫、ラボ(現像所)、メディアテーク(フィルムや映画などを上映できる施設)をもち、役割分担が合理的に体系化された組織あるいは機関となっていなければならない。このような機能とシステムを備えた施設を映像アーカイブと呼ぶとすれば、映像アーカイブは以下のような七つの原則をもつことになる。
第一原則:原資料(オリジナル)の保存施設を備えおよび関連資料を所蔵していること
映像はさまざまな形態がある。とりわけ、映画の基盤媒体であるネガフィルムの現状保存はきわめて重要な問題である。基盤媒体であるフィルムの問題、たとえば可燃性フィルムやビネガーシンドロームなど、一次資料としてフィルムを保存することはきわめて繊細な問題である。それらに対応した保存庫は今後の購入や寄贈である。
ポンピドーセンターが35万冊にも及ぶ近代現代美術の関連図書を所蔵し開架で閲覧サービスを行っていることを考えても、図書館であるかないかといった館種とは関係なく、映像に関連する図書や雑誌あるいはカタログ等の印刷媒体を所蔵し公開することは映像アーカイブの使命である。書籍、雑誌・定期刊行物はもとより、プレス資料(新聞記事の切り抜き含む)、スチル写真、ポスターや映画祭資料などを収集・所蔵していなければならない。
第二原則:原資料(オリジナル)の保存と修復の技術を組織として擁していること
フィルム修復に必要な「クリーニング」やフィルムに残った傷を修復する「パラ(ホコリや傷)消し」、フィルムをビデオに変換する「テレシネ」など、古い映像の修復をするだけでなく、製作時と同等あるいはそれ以上のクォリティで上映や放映をおこなうために必要とされる技術やノウハウは多く、その技術やノウハウは恒常的な組織として持っている必要がある。こうした映像修復作業は、現在現像所やポストプロダクションなど民間企業に点在していて、映像アーカイブのためのノウハウとして用いられるロードマップはまったくないと言ってよい。映像の基盤媒体であるフィルムやビデオテープを保存対象とする以上、それに見合う要素技術を集約する組織が準備されなければならない。
第三原則:資料管理のノウハウと組織をもっていること
抄録誌、 索引誌、 総目次、 雑誌総合目録など、印刷媒体の場合は一次資料(図書や雑誌記事)をさがすための道具となるさまざまな二次資料がある。それは一次資料を収集するための基礎資料にもなる。このような情報のリサイクルが可能となるように、それぞれの資料には独特な生産や流通に精通する専門の職員が配置され分類・整理に当たっていなければならない。もちろん映像にもFIAF(国際フィルム・アーカイブ連盟International Federation of Film Archives)が発行する「世界映画逐次刊行物インデックス」などが発行されているが、書誌の整備は世界的に遅れている。フィルムやビデオテープなどの一次資料の詳細な書誌データはもとより、書籍や雑誌についても記事ごとにデータが入力されそれらを検索できるようなデータベースを開発できる体制が必要である。もちろん書誌の編集を通じて、コレクションの適正さをより精細に評価できる。
第四原則:利用(サービス)の組織をもつこと
映像アーカイブには上映(シネマテーク/ビデオテーク)と展示(ギャラリー)の役割を備えていなければならない。映画上映のみならず、ビデオを用いた表現や、インスタレーションなど上映を超えた空間表現、身体表現とのコラボレーションによるパフォーマンスなど、有名無名を問わない映像作家の上映や実験的な展示をおこなうことのできるメディアテーク的な施設が必要である。これによって、シネフィル(映画愛好者)のためのものではなく、誰にとってもアクセスしやすい施設となって、映像アーカイブは場所としての特別な意味と価値が生じる。もちろん、ここでは映画監督や映像作家の作品が発見される場所にもなる。そして、映画の歴史や膨大な無形の映画資産を学習できるような博物展示も必要である。もちろんシアターやギャラリーを設備としてもっていればよいというわけでなく、展示や上映の企画活動(curatorial works)に専従する専門家と上映や展示に必要な技師(エンジニア)も確保している必要もある。
第五原則: Fair Use(公共利用)とLegal Deposit(法定納品)の制度的根拠をもつこと
殿堂と聖域となるためには最低限の制度や法律が必要となる。図書館や博物館の拡大解釈で収集や所蔵、公開が行われているが、それはいかにも場当たり的で貧しい基盤である。このためには二つのロードマップが考えられる。ひとつは制度化、もうひとつは映像産業との信頼関係の確立である。
著作権上の複製権、上映権、公衆送信権を超えて、映像アーカイブが映像の「聖域」であるためには、まずは保存・修復・継承が何よりも優先される理念であることが徹底的に理解されなければならない。保存・修復・継承を体系的に行うためには、著作権上の複製権を超える作業が日常的に行われる状況も生じる。そもそも膨大な数の映画をはじめ、毎日無数に近い数の映像作品が生産され続けている状況下で、製作側の承諾を得ることは不可能である。したがって、国家的な事業として映像アーカイブが推進されるためには、映像産業との信頼関係によって「映像アーカイブ基本法」のような法律が立法化されその中でFair Use(公共利用)とLegal Deposit(法定納品)が担保されている必要がある。もちろん、そうした制度化と信頼関係が確立すると、フィルム素材だけでなく、プレス資料やスチル写真も半ば自動的に製作者側から納品されるようになるだろう。
第六原則: 多様な映像に関する専門家を組織として擁していること
役割分担が合理的に体系化された組織・機関としての映像アーカイブには、収集、収蔵・保存、上映・展示といった主な機能のそれぞれに、適切な専門家の配置がもとめられる。保存を実現するためにはサイズや(フィルムやテープの)ベース材質、メーカーと製造年、色彩の有無などフィルムやビデオテープを製造する過程を追跡調査できる専門知識が必要である。また、収蔵環境の設計に判断を下せるような専門知識をもった専門家も必要である。
また二次資料の作成では図書館運営の方法論で目録作成や書誌編集を行うこともできるが、カタロギング(目録作成)などでも印刷媒体とは異なる方法論の確立も必要でアーカイビストだけでなく、映像資料のデジタル化(クリーニングやパラ消しも含む)やデータベースを構築するために、データベースや画像処理技術など関連する要素技術の工学的知識に長じた専門家も専従していることが望ましい。これらの専門知識をもつ「映像アーカイビスト」あるいは「映像学芸員」といった専門家が自らの専門知識を最大限発揮できるような組織が必要である。
第七原則:人材育成(高等教育機関)をもっていること
組織・機関としての映像アーカイブにおいて映像資料の「創造」「収集」「保存」「活用」とそれらをおこなうことができるのは、言うまでもなく人材である。このような背景のもと、大学院レベルでの映像アーカイビストあるいは映像学芸員の専門家育成のプログラムが必要である。映画史はもとより、美学や美術史、デジタル技術を使ったフィルム修復技術、著作権や肖像権などの知的財産関連法、映像・音声・図形・文字情報の組織化方法、インデキシング等のメタデータ作成、データベース設計、情報検索、情報処理システムなどについて、高度な知財の専門家を育成するプログラムが必要である。それらのプログラムはできれば一次資料が所蔵されている場で開講されていることが望ましい。
「昔見たテレビ番組を見たい」とか「戦争直後の学校の様子が知りたい」とか「祖父母の結婚式を撮った映像をいつでも見られるようにしておきたい」といった映像に対する素朴な保存と継承の意志が、地域や家庭に埋没しているフィルムの発掘や調査あるいは復元を手がける草の根的運動として具体的な成果を見せ始めている。非営利活動という点から言えば、メディアをめぐるきわめて素朴な社会運動であり、それが公益性と公共性をもつという点では、ソーシャルエンタープライズ(社会的企業)になり得る事業でもある。
映像アーカイブの特別な意味と価値は、資料としての映像が背負っている暴力的な市場原理や消費行動からの自由をもたらすであろう。その意味で映像アーカイブは映像遊民のアジールでもある。普段は劇場や美術館で目にすることのない作家たちの映像作品が映像アーカイブのシアターで上映されたり展示されたりすることができれば、映像作家たちが映像表現の可能性を信じつづけられるだけでなく、社会や歴史を研究する人にとって映像を一次資料とする研究室となる。当時国立国会図書館の副館長だった美学者・中井正一は「映画の文法」(『読書春秋』1950(昭和25)年9月号『中井正一全集 第三巻 現代芸術の空間』所収)というエッセイの中で「人類の悩みといっているものは、往々、この新たな秩序を求める解体と生成であることがある。大きい考えかたによれば、それは、より美しくなりつつあることでもある」と述べている。中井の言に沿うとすれば、可燃性フィルムやビネガーシンドロームといった「悩み」は、新たな秩序を実現する原資となり、より美しくなるための試金石であるとも言える。つまり映像アーカイブを構想し実現することは、新たな秩序への解体と生成へのプロセスであると考えることもできる。そして、ここに掲げた7原則に沿った「美しさ」への追究は、単なる国益や文化財保護であることを超えて、映像メディアを媒体として表現する行為にとっても新たな希望となる。
(東京藝術大学大学院映像研究科准教授)
