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トップ > 刊行物 > びぶろす > 平成21年春号(電子化44号)

びぶろす-Biblos

平成21年春号(電子化44号)

  • 発行:国立国会図書館総務部
    (National Diet Library)
  • ISSN:1344-8412


1. ICT(Information and Communication Technology)化と職場社会の変容

塚本成美

1.はじめに

塚本準教授
(筆者)

 ICT(Information and Communication Technology)は、人類があゆんできた技術発展の過程を短期間に飛躍的におしすすめた。技術の進歩はいつの 時代も人間の労働と職場をかえてきたが、ICT化のインパクトは従来の 技術の影響とは異質のものである。機械技術が人間の肉体的運動機能に とってかわるものであるとすると、コンピュータは人間の感覚器官、神経機能あるいは思考過程にとってかわる。労働のなかで人間が目で見たり、耳で聞いたり、触れたりして感覚的に判断していたものを、コンピュータはセンサーでとらえ計算し数値的に判断する。また、コンピュータ は人間の知らないことや理解していないことでも自動的に代行してくれるし (例えば、漢字変換や翻訳、統計処理など)、間違いを自動的に正してくれる(例えば、校正機能など)。コンピュータは判断や記憶、理解、論理のような認知能力を代替し、労働や共働の在り方をかえた。くわえて、コンピュータはコミュニケーションの道具として社会にも職場にも浸透している。ICT化は、人間同士の意思疎通の方法だけではなく質にも作用し、したがって人間間の関係にも影響しうる。本稿では、ICT化が労働と職場にどのような影響をあたえうるかを、人間形成の視点から考えてみたい。

2.職業労働と人間形成

 職業労働は、人間にとってもっとも重要な社会との絆のひとつである。人間は他者との協同なしには生きられないばかりでなく、自己認識欲求をもつ。職業労働は生活の経済的基盤になるだけではなく、社会参加、社会貢献、あるいは他者との協同や交流をつうじて自己を確認する機会となる。職場経験は、幼児―青少年期の経験とともに人間形成の社会的基盤の意義ある領域なのである。
 労働は、具体的な活動である。抽象的に「働く」という経験があるのではなく、実在する職場に配属され、具体的な職務をまかされて実際に遂行することで労働はひとつの経験となる。労働経験は、ふたつの重要な規定要因をもつ。第一に、どのような労働をしているかということ、第二に、どのような関係のなかで仕事をしているかということである。前者は労働の技術的性格、労働条件、作業環境などの労働特性をさし、後者は同僚との水平的関係と上司・部下との垂直的関係、あるいは仲間集団への帰属、社会的接触や交流の程度などの職場社会関係をさしている。
 労働特性と職場社会関係は勤労者の職場社会生活を構成し、人間形成の現実的な条件となる。労働と職場の在り方は、人間の資質や適性、能力あるいは社会的性格の形成と発展におおきな影響をあたえる。ICTの発展は生産性・効率性を向上させたが、労働特性と職場社会関係を質的に変えた。


3.コンピュータ労働の特性

 技術は、産業や社会の構造と質をかえる力をもつ。ICTも社会を豊かにしたし、産業構造の基盤になっている。しかし、技術進歩にはネガティブな副作用がある。ICT化の副作用のひとつは、労働密度の強化と質的変容であった。
 コンピュータは、もともと職務の量的拡大と複雑化、取引の増大、生産増大にともなう大量の情報を処理するために普及したものであるが、反面、コンピュータにあわせた作業の加速化は、勤労者の精神的負荷と稼働率の増大につながる。コンピュータ作業の要求する正確さ、記号や抽象的観念、スピード、長時間の同じ姿勢などは肉体的・精神的重圧となり、労働のICT化は情報にのりおくれることにたいする強迫観念をひきおこす。C.ブロートは、パソコンが普及しはじめた1980年代にコンピュータの技術特性や職場環境からくる病理をあきらかにし、「テクノストレス」と呼んだ。テクノストレスは、不安、抑鬱状態、短気、あるいは極度の卑下などの心理的障害として、また倦怠感、頭痛・腰痛、肩こり、息切れ、胃潰瘍などの身体的故障(精神身体症)としてあらわれる。極度の持続的緊張、作業基準の内部化(処理時間の無制限の短縮、完全性の追求、二者択一的思考)、技術革新の加速化などによるストレスが、原因と考えられる。
 さらに、テクノ依存症者には、新しいテクノロジーに強く意欲をかきたてられ進んで受容するがテクノロジー自体の善悪の評価には無関心であったり、コンピュータをそのまま写したような思考様式をそれとは知らず身につける、感情の起伏に乏しく効率とスピードにこだわり、他人への思いやりがない、人間の行動やコミュニケーションの曖昧さを嫌悪するなど、特徴ある社会的性格が観察されている。病的な症状が進むと感性に根ざした創造的な考え方ができなくなるばかりでなく、社会的不適応(ひきこもりなど)や社会的逸脱行為(犯罪など)がおこる可能性がある。


4.職場社会関係の意義

 労働のICT化は、職場の社会関係もかえた。社会関係とは、社会的行為の相互作用から生じる人間間の協力や対立、競争、支配・服従、依存あるいは集団への帰属などの諸関係をいう。ICT化は対面の社会的接触や社会的交流の機会を減少させるため、職場での相互行為や関係の希薄化がおこる。
 経営や職場での関係性や集団性の意義は、経営学でも社会学でも昔から言われてきたことである。アメリカの人間関係論において、職場雰囲気が勤労者の労働意欲に影響すること、職場雰囲気にとっては職場の社会的友好関係と自己決定(つまり職場社会関係の在り方)が決定的要素であること、が説かれてきたのは周知のことである。具体的には、合理的な職務体系、公正な職務配分、権限と責任の適正なバランス、あるいは円滑なコミュニケーションなどを基礎とする組織の形成と運用、および適切な能力開発や適正な配置・異動、公正な評価・処遇など(人事労務管理)を基礎とする職場社会秩序の形成と指導が、職場社会関係の在り方をきめるのである。
 ドイツ経営社会学では、経営と職場を概念的にわけて考える。いずれも人間の集合体としての社会単位(社会構成体)であるが、経営は営業所、支所・支店あるいは工場などの事業所規模をさし、そのなかに課や係などの職場がある。従業者は職場に配属されて働くが、配置転換などによって経営内でもしくは経営をこえて移動する。経営も職場も共働者の多様な社会的諸関係を包摂しながら、「統一的目的に方向づけられた人間の協働意志と共働行為」(G.Briefs)である社会的統一体としてあらわれる。社会構成体は共同性、統一性、継続性などを前提とするが、基盤となるのは空間と時間の共有とそこからうまれる経験の共有である。日常的に仕事をつうじて継続的に経験する共通の悲しみや喜びが仲間を結びつけ、諸個人が単なる個人としてではなく、具体化された集団として考え、感じ、行為するようになると、「我々」意識がうまれる。「我々」意識はやがて構成員の内的統一をうみだし、集団の構成員は自分が全体としての集団との私的結合のなかにいると考えるようになる(A.Vierkandt)。この私的結合感覚が共同体意識の核となり、職場共同体における人間結合の原理となる。
 職場における協働は、そもそも多数の人間が共同で考え、共同で計画し、共同で作業することであり、空間と時間の統一性を前提とした。しかし、ICT化は空間と時間の共有や統一性の意義を減退させる。さらに、時間と空間を共有していても、ICT化によって社会的接触や社会的交流が少なくなれば経験の共有も減る。社会的統一体としての職場集団が、崩壊しはじめているのである。それだけではない。雇用の多様化・流動化による職場構成員の多様化と移動の増加で統一性と共同意識を醸成しにくくなり、組織設計(職務体系と人事制度)と職場管理(組織の運用)もむずかしくなっている。適正な職場社会関係の形成には、高度なマネジメント能力が要求されるようになっているのである。


5.結びにかえて

 近代人は、多数の集団に参加している。様々なことなった目的と形成原理をもつ諸集団への参加は、各集団におけることなった役割、ことなった考え方、ことなった精神態度や行為を要求し、諸個人に「本当の自分は何か?」という内的葛藤をうみだす。社員・職員としての自分と父親・母親としての自分、あるいは仲間集団における友人としての自分はすべてちがう。人格は統一体であるためこの分裂が問題になり、個人は自我の統一性をよりいっそう自覚する必要にせまられ、「文化の諸要素を個性的な仕方で結びあわせる人格を構成」(G.ジンメル)しなければならなくなる。目的集団である職場は、他の社会集団とは異質な固有の価値と行動様式を要求する。これを自己の人格のなかでどのように整合し統一するかは、人間の内的形成にとっておおきな意義をもつ。
 社会的接触や社会的交流の減少という現実は、内的葛藤の機会を減らす。コンピュータによる情報のやりとりは記号のやりとりである。生活のなかでの社会的接触・交流が経験の積み重ねであるとすれば、コンピュータによるコミュニケーションの増大は経験をともなわない記号のやりとりの増大ということである。皮膚感覚の経験の減少は人間の成長機会を減らす。しかも、ICTを媒介としたコミュニケーションは、生の人間同士の尊敬や愛着、反発や衝突を抑圧し、感情のない機械への対応と情報処理にすりかえるため、発散されない感情は諸個人の内部に蓄積され、歪曲化されて鬱屈した気分をつくりだす。
 労働もかわった。コンピュータは、かつてのような肉体的な意味での重労働や危険な労働を少なくしたが、神経的には重労働を課している場合がある。コンピュータが人間の認知能力を代行することで人間能力の限界をこえて労働がおこなわれるようになれば、人間は自然に適応できる(単純適応または静的適応)範囲をこえて、自分を変えてでも適応すること(複合適応または動的適応)を強いられ、社会的性格は変わらざるをえない。感覚や性格の変化や均衡の崩壊はコミュニケーションの不具合をもたらすことも多いので、社会的交流のなかで発見されやすい。しかし、単独労働が増えて社会的交流が減り、職場構成員の孤立化が強まっているとすると、なかなか気づかれにくくなる。
 社会学者の加藤秀俊は、コミュニケーションは共感の過程であるという。人間関係はそれ自体が目的ではなく、相互学習による自己改造が目的であってお互いが刺激しあって自己を向上させていく過程であり、人間改造的関係=創造的関係であるという。他者の内部の状態が他者の記号(言葉)によって自分の内部にもちこまれ、自分の内部に他者の内部と近似的な状態が形成される(共感)。この近似的状態は本来の自分との間に緊張関係を生みだし、内的な対話がおこなわれ、より高次な内部状態が生成される。この過程を人間的意味での「理解」とよぶ。共感をえるにはお互いの共通項を見つけることが早道であるし、共通項の発見には共通の体験(時間・空間の共有)がもっともよい。
 ICT時代に必要なのは、効率を犠牲にすることを怖れず、職場における社会的交流の機会を増やすこと、社会的接触と葛藤を避けないこと、共有できる経験を重視することではないだろうか。何よりも、共同で作業のできる職場環境と職務体系を再構築することである。


参考文献

E.フロム『自由からの逃走』(日高六郎訳) 東京創元社 1952/82年
C.ブロート『テクノストレス』(池央耿/高見浩訳) 新潮社 1984年
加藤秀俊『人間関係』 中公新書 1966/06年
G.ジンメル『社会学』(居安正訳) 白水社 1994年
Briefs, Goetz, Betriebsfuhrung und Betriebsleben in der Industrie. Zur Soziologie und Sozial- psychologie der modernen Grosbetriebs in der Industrie, Ferdinand Enke Verlag, Stuttgart, 1934
Vierkandt, Alfred, Gesellschaftslehre. Hauptprobleme der Philosophischen Soziologie, Ferdinand Enke, Stuttgart, 1923

(城西大学経営学部准教授) 

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