タイトル: 学術文献録音図書の製作と提供(国立国会図書館月報2015年1月号特集「国立国会図書館と障害者サービス」記事) 著者: 関西館図書館協力課 1 はじめに 「音訳」(おんやく)という言葉をご存じでしょうか?「音訳」とは、「音に訳す」という言葉のとおり、視覚障害その他の理由により活字などの視覚著作物を読むことが困難な方(視覚障害者等)の読書を可能とするため、図書や雑誌など視覚情報を聴覚情報(音声)に翻訳する行為です。「視覚障害者の眼の代わりをする」、「声にプリントする」という言葉で表現されるように、音訳では読み上げる者の解釈を加えず、資料の内容をできる限り忠実に音声化することが原則とされており、感情などの読み上げる者の「表現」が入る朗読とは区別されています。 障害者サービスを提供する公共図書館や点字図書館では、音訳による録音図書の製作が行われています。 国立国会図書館でも、障害者サービスを行う公共図書館や点字図書館の支援を目的として、音訳による録音図書製作を1975年から行っています。 2 学術文献録音図書とは 国立国会図書館は、専門性が高く、各機関で製作が難しい学術文献を録音図書の製作対象としています。製作タイトルの選定は全国の公共図書館、点字図書館等からの製作依頼に基づいて行っています。 製作を開始した1975年当初から録音図書をカセット・テープで製作していました。その後、2002年からはそれまでのアナログ録音に代わり、すべてデジタル録音図書規格の音声DAISY(Digital Accessible Information SYstem)仕様によるデジタル録音で製作し、CD-ROMに記録しています。DAISYで製作された録音図書は、章節単位の頭出し、ページ単位や本文と注の間の移動が容易であること、カセット・テープでは1冊10巻に相当する録音図書が1枚のCD-ROMに収まるなど多くの長所を持っています。 製作を開始した1975年から2014年3月末までの間に、国立国会図書館はカセット・テープで2,112冊分、音声DAISYで857 冊分の学術文献録音図書を製作しました。 分野としては、前述のように学術文献を対象としているため、哲学、歴史、社会科学、自然科学が多く、また自然科学分野では、特に東洋医学などの医学関係のものが、自然科学分野の8割以上、録音図書全体でも約2割を占めています。 3 録音図書の製作 DAISY図書の製作作業には、製作タイトルの選定、資料の事前調査、音訳方針およびDAISY編集方針の策定、音訳(録音)、DAISY編集があります(「(館内スコープ)音訳 ― 音で読む学術文献を作る―」参照。URL http://www.ndl.go.jp/jp/library/supportvisual/geppo201501/article02.txt )。音訳は、視覚情報を忠実に音声として再現することが求められるため、音訳前の事前調査が重要です。漢字等の読みはすべて調べておかなければなりません。資料に掲載された図や写真、イラストなどの視覚情報も、文脈に応じた説明を音声情報として伝えなくてはなりませんので、その説明文を用意する必要があります。国立国会図書館が製作の対象とする資料は、専門性の高い学術文献であるため、読みの調査や図・写真などに対する文脈に応じた説明の原稿を作成するために、その資料における専門分野に対する理解が調査者には求められます。調査に時間のかかる資料が多いのですが、学術活動で利用される文献や医療活動で使用される医学書は、正確な音訳が求められるため、入念な調査が必要です。 なお、録音図書の作成も著作権法で言うところの「複製」にあたるため、以前は国立国会図書館で録音図書を製作するためには著作権者の許諾を得るという著作権処理が必要でした。しかし、2009年の著作権法の改正で、視覚障害者等のための録音図書の製作について著作権者の許諾を得る必要がない機関に国立国会図書館が追加され、現在は著作権処理の必要がなくなりました。 カセット・テープで製作していた時代には、国立国会図書館職員が館内において音訳を行っていた時期もありましたが、現在は、製作作業の大部分を外部に委託しています。 また、磁気テープの寿命は短く、過去に製作した録音図書テープも破損したり、切れやすくなるなど、劣化がすでに進んでいます。音声を将来にわたり長く残していくため、また利用者の利便性の向上のために録音図書テープのデジタル化も検討しています。 4 学術文献録音図書の提供 国立国会図書館が製作した学術文献録音図書(テープ及びDAISY)は、国立国会図書館における来館利用のほか、貸出承認館として登録されている全国の公共図書館、大学図書館、点字図書館等を通して借り受け、その図書館内あるいは自宅等に持ち帰ってご利用いただくことができます。また、音声DAISYについては、2014年1月からは視覚障害者等用データの送信サービスによって、データをインターネット経由で送信しています(詳細は「視覚障害者等用データの収集および送信サービス」をご覧ください。URL http://www.ndl.go.jp/jp/library/supportvisual/geppo201501/article04.txt )。 5 おわりに 近年、公共図書館や点字図書館では、視覚障害者だけではなく、発達障害など様々な障害のある方に有用とされるマルチメディアDAISY 注1 の製作が試みられようになっています。 また、DAISYのアクセシビリティ機能を包含した電子書籍フォーマットであるEPUB 3の仕様が2011年に正式に公開されました。EPUB 3が備えるアクセシビリティ機能を生かした電子書籍では、文字の大きさ、フォント、色を変更したり、合成音声で読み上げるなどにより、それぞれの障害の状況に合わせて読みやすい方式で読書を行うことが可能です。アクセシビリティに配慮された形で電子書籍が製作されるようになることで、視覚障害者等が出版されたそのままの形で読書を楽しむことができるものが増えてくるかもしれません。 こうした技術進展の動向にあわせて、より多くの障害者の方に使っていただける録音図書の製作を今後も進めていきます。 注1 マルチメディアDAISYは音声と本文テキストデータ等を持つDAISY(「障害者向け資料の紹介」参照。URL http://www.ndl.go.jp/jp/library/supportvisual/geppo201501/article05.txt )。学術文献録音図書は、音声DAISY(本文は音声データのみ)で製作されている。