コラム:FRAD翻訳苦労話

NDL書誌情報ニュースレター2013年1号(通号24号)
本号内の記事「「典拠データの機能要件」について」で紹介したように、「典拠データの機能要件:概念モデル」は当館収集書誌部においてFRADの全文を日本語訳したものです。
FRADはICP(国際目録原則覚書)やFRBRと密接に関連しているため、それぞれで共通する用語には同一の日本語を充てることにしました。また、FRADには、AACR2(英米目録規則第2版)で用いられているお馴染みの語句も頻出しているようです。ということは、それらの主要訳語一覧を用意しておけば、翻訳作業は楽勝かも……いやいや、そうは問屋がおろさない。
逆に、ICPやFRBRでは用語定義されていないどころか出現しない、FRAD独自の用語も厄介ものです。
さらに、属性(FRAD第4章)や関連(同第5章)の例示を見て理解を深めようとしても、欧米圏の個人、家族、団体、著作ばかりでピンときません。
挙句の果てには、この概念モデルって非ローマ字圏では適用不可能なのでは、と翻訳作業から逸脱するような疑念も湧き起こってくる始末です。
IFLA目録分科会から翻訳許諾を得て日本語訳公開まで半年近くかかったのは、担当者(複数名)が各自他の業務を抱えつつの作業だったこと以外にも、それなりの事情があるのです。
【その1 creatorって何者?】
creatorは、FRADにおいてはcreator/title access pointなどの形で登場しますが、用語定義の対象とはなっていません。ICPにおける定義はcreator: a person, family, or corporate body responsible for the intellectual or artistic content of a workで、ICP日本語訳は「作成者:著作の知的・芸術的内容に責任をもつ個人、家族または団体」としています。
<議論> 「では、「作成者」にしましょう」
「いや、待て。物忘れが著しいお年頃のくせに、妙なところで記憶が甦ってしまった。JLA目録委員会などで議論があったような。研究者からも指摘を受けていたような。そう、creatorは「作成者」でなく、「創作者」「著作者」と訳すべきということだった」[1]
「えーっと、FRBRでは実体「著作」の定義はwork: a distinct intellectual or artistic creation、日本語訳は「個別の知的・芸術的創造」ですね。でも、creatorは定義されていないようです。creationとcreatorの関連性を考慮すれば「創造者」だけど、さすがに大袈裟な気がします。「創作者」が手頃かも」
「でもなあ、FRADにはauthority data creatorという語句が頻出するけど、これはさすがに「典拠データ作成者」だろう?」
<結論> 「作成者」のままとしました。ちなみに、ダブリンコアなど、メタデータ関連の文書においてもcreatorは「作成者」とされることが多いようです。[2]
<余談> テキスト形式の著作の「著者」(author)や、「写真家」、コンピュータプログラムの「プログラマ」は当然のことながらcreatorです。では、「翻訳者」や「演奏家」はどうでしょうか。
従来の目録作業において、「翻訳者」「演奏家」は、責任表示として記録し、著者標目に採用するのが普通でした。主たる著作者(author)ではないかもしれませんが、「著作の知的・芸術的内容に責任をもつ」と判断されていたのです。ICP的には、これらをcreatorから除外すべき理由はありません。
一方、RDA(資源の記述およびアクセス)におけるcreatorは、実体「著作」と関連するものに限定されています。「翻訳者」「演奏者」は、実体「表現形」と関連するものであり、contributor扱いとなっています。ということは?RDAの日本語訳では、creatorは「創作者」とするほうが適切?
【その2 personaって何?】
FRAD独自のものだ→注意報発令! なんだかラテン語っぽい→警戒警報発令!!
personaという用語は、2005年草案において「複数のpersonaの扱い、すなわち書誌的アイデンティティ(bibliographic identity)」という文脈で間接的に規定される一方、〈個人〉の定義中では「人物、または人物・グループによって確立あるいは採用されているpersona」という位置づけでした。最終報告では、〈個人〉の定義中でpersonaとidentityが列記されているため、両者の区別をする必要があります。心理学用語ではあるまいし、「ペルソナ」「アイデンティティ」とするのは如何なものでしょうか。「仮面」「同一性」ではますます訳がわかりません。
<結論> それぞれ「人格」「アイデンティティ」としました。
<余談> bibliographic identityという用語は、AACR2 2002Revisionの索引・用語集では「筆名(pseudonym)を見よ」とあり、「筆名」の項を見ると「筆者がその正体を隠すため,もしくはあいまいにするために仮に用いる名」(AACR2日本語版 付録D 用語解説)とあって煙に巻かれますが、「異なった状況に応じて異なった名称を用いる場合を区別するための(中略)概念(中略)偽名と本名又は正式名称と字[あざな](courtesy name)など(後略)」[3]という分かりやすい説明もありました。
ただし、その文献では、「個々の「ペルソナ(persona)」を認め、それぞれに対して名前[典拠レコード]と異形の名称のレコードを作成し、「をも見よ」参照としてリンクする」[4]という記述はありますが、personaそのものの説明はありませんでした。このままでは、両者の違いが…
「著者本人が使い分けるのがpersona、目録作業担当者がそれらのpersonaを同定識別した結果がbibliographic identityということではないでしょうか」
「納得!それぞれのpersonaに対応して標目を作成し相互参照する場合もあれば、一つの標目(統一標目)に名寄せする場合もある、っていうことですね」
「なんだ、早く言ってよ。それにしても、なんでpersonaなんて概念を持ちだしたのかなあ。原文を読んでいても、personとpersonaの違いを見極めるだけで目がショボショボ」
「概念としては必要だと思いますけど。それより、眼鏡かえたほうがよいのでは?」
【その3 アクセスポイントは英数字で表す?】
〈統制形アクセスポイント〉の基礎となる〈名称〉の文字列は、a sequence of numeric and/or alphabetic characters or symbols(以下略)と定義されています。素直に訳せば「一連の英数字または記号」ですが、問題ないでしょうか。日本人著者標目の漢字形、片仮名形は統制形アクセスポイントではないことになりませんか?
<結論> numeric and/or alphabetic charactersは「文字」としました。この「文字」は、「数字」を含む広義の意味です。
<余談> どうやら、FRADは、非ローマ字圏の言語が念頭にないようです。中国や韓国はこの事態をどう受け止めているでしょうか。
中国語訳は原文に忠実、韓国語訳と日本語訳は意訳ということになりました。さて、訳は訳として、非ローマ字圏でのFRAD受容のためには何らかのアクションがあってもよさそうです。[5]
この件、実はFRBRにも波及します。FRBRにおける実体「表現形」の定義は、「英数字による表記、記譜、振付け、音響、画像、物、運動等の形式あるいはこれらの形式の組み合わせによる著作の知的・芸術的実現」。なんと、日本語のテキストは「表現形」にあらず、ということになってしまいます…
【その4 Eppupopedanoemaaliってグループ知ってる?】
団体と団体の間の〈連続関連〉の例示だが、フィンランドの音楽グループで、Popedaなど三つのグループが合併して結成されたとのこと。
<議論> 「欧米圏の例ばっかり。少しは日本の例も載せてほしいものだ」
「こういう例示ってワーキンググループメンバーの趣味がバレバレですね。私なら、「イエス」と「ABWH」の例に差し替えますけど」
「うーん、微妙」
「AとBが合併してCになることが示されていればよいのだから、もっとマニアックな例にしたほうが面白いです」
「いやいや、例示は本文の理解を助けるためにあるのだから、日本語読者に分かりやすい例に差し替えてはどうだろう」
「それでは日本語訳とはいえなくなってしまいます。訳注で対応すべきでは」
「例の分かりやすさは人によって違うし、訳注だらけだと読みにくくなります。例の意味は本文をよく読めば分かるので、訳注なしでも大丈夫ですよ」
「紙幅の都合もあるしね」
<後日談>「Eppupopedanoemaaliでググったら、FRAD日本語訳しかヒットしません!」
「珍しい例だからってFRADの他の言語の訳もヒットしないのはおかしいな、念のため、もう一度原文にあたってみよう」
「正しい綴りはEppupopedanormaaliでした…」
「ま、済んだことは仕方ないですね。いずれ折を見て修正しましょう」
【その5 〈関連〉の関係?】
「著作名と著作名の間の〈異称関連〉にアレクザンダー・ケントが載ってる!ボライソー・シリーズ好きなんだよね。ラッセル・クロウ主演の映画『マスター・アンド・コマンダー』の原作オーブリー・シリーズとか、ホーンブロワーとか帆船ものはもっと採り上げてほしいねえ」
「あのぉ、話ずれてますけど」
「〈異称関連〉なら、ハリーポッターでしょう。第1巻『賢者の石』は、英国版はthe Philosopher's Stoneだけど、アメリカ版ではthe Sorcerer's Stoneに変更されていて」
「それって、〈別言語形関連〉なんじゃないか。「魔法使い」のニュアンスを出したかったらしいけど、イギリス英語だとphilosopherでよいのに、アメリカ英語だと「哲学者」しか連想されないって」
「ウィキペディア日本語版の受け売りwww」
「〈全体/部分関連〉の例示なら『指輪物語』三部作が定番でしょう。『旅の仲間』『二つの塔』『王の帰還』はみんな知ってるはず」
「それを言い出したら『ホビットの冒険』や『シルマリルの物語』も出さなきゃ」
「いやいや、それは〈連続関連〉だと思うよ」
「トールキンの構想では「中つ国の歴史」シリーズがあって、それと『指輪物語』は〈全体/部分関連〉です!」
「もとい、私の言ったのは『旅の仲間』と『二つの塔』が〈連続関連〉という意味で」
「えっと、〈全体/部分関連〉の関係にある著作のうち「部分」同士は〈連続関連〉の関係にあるという理解でよろしいですか?」
「必ずしもそうとばかりはいえないんじゃないかな。例えば、オースン・スコット・カードの「エンダーシリーズ」のうち『エンダーズ・シャドウ』は、『エンダーのゲーム』の続編というより、異星人バガーとの戦いを別の主人公の視点で捉えた「視差」小説であり、両者は〈連続関連〉とは言い難い」[6]
こうして、適切な例示のあり方をめぐって翻訳作業は脱線を続け…
(収集・書誌調整課 書誌調整係 翻訳チーム有志)
[1]日本図書館協会目録委員会.第31期目録委員会記録No.10,p.1, http://www.jla.or.jp/portals/0/html/mokuroku/gijiroku/31-10.pdf,(参照2013-03-1)
[2]例えば、『ダブリンコアメタデータ基本記述要素集合(JIS X0836:2005)』(日本工業標準調査会(JISC)のページからJIS検索で閲覧することができます)。また、当館が定めた『国立国会図書館ダブリンコアメタデータ記述 第二部 Application Profile』でも「作成者」としています。一方、「製作者」「制作者」「作者名」などと訳している文献もあります。
[3]バーバラB.ティレット[著].鹿島みづき[訳].“バーチャル国際典拠ファイル”.IFLA Cataloguing Principles: Steps towards an International Cataloguing Code, 4.München,K. G. Saur,2007,p.375-376, http://www.nl.go.kr/icc/down/070502_11_Jap.pdf,(参照2013-03-1)
[4]同上,p.376,http://www.nl.go.kr/icc/down/070502_11_Jap.pdf,(参照2013-03-1)
[5]翻訳作業時に見つかった原文の誤植の指摘と併せ、IFLA目録分科会に「非ローマ字圏の言語を考慮してほしい」旨の連絡をしました。その後に分かったことですが、2005年草案の段階で既に「alpha-numericという表現は限定的すぎる」という指摘が米国図書館協会(ALA)目録委員会(CC:DA)から行われていました。 http://www.libraries.psu.edu/tas/jca/ccda/docs/tf-frar3.pdf,(参照2013-03-1)
[6]では何〈関連〉なのかとFRADやFRBRを読み返しても、答えは見つかりません。FRAD、FRBRともに、実体のインスタンス間の関連については代表的なもののみが挙げられており、網羅的ではないからです。
NDL書誌情報ニュースレター(年4回刊)
ISSN 1882-0468/ISSN-L 1882-0468
2013年1号(通号24号) 2013年3月28日発行
編集・発行 国立国会図書館収集書誌部
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