国立国会図書館電子図書館推進会議報告書
1. 高度情報社会における図書館の新たな役割
情報通信技術の進歩によって、情報流通の手段が大きく変わりつつある。
コンピュータの性能の向上、マルチメディア技術の進展、コンピュータ間の情報交換方式の多様化、高速ネットワークの整備などにより、家庭や職場ばかりでなく、外出中でさえも、さまざまな情報を入手できるようになった。今のところ、良質の音情報や、高解像度の動画の伝送などには十分とは言えないが、数年後には家庭にまで高速通信網が引かれ、携帯端末が普及するようになる見通しが高い。そのようになれば、あらゆる形態の情報がどこにいてもコンピュータと通信ネットワークを介して手に入るようになる。これによって、情報の生産、流通、利用の世界は大きく変わることになる。
この技術進歩の結果が、将来、情報流通の世界にどのような変化をもたらすのかを見通すことは難しい。専門家にとってさえ、数年先に出現する技術を予測することが困難な状況にあるのに加えて、一つの要素技術の出現が、どのようなアプリケーションを可能にするかを予測することも困難なことが多いからである。
しかしながら、情報通信技術の革新は、研究、教育、調査、教養などのための情報の入手ばかりでなく、生活、労働、健康など、あらゆる局面で必要になる情報の生産と提供の方法を変えていくことは確かである。そして、この革新が、最も大きな影響を与えるのは、情報の提供そのものに関わる多くの機関、組織、企業であろう。図書館もその一つである。
本報告書では今後訪れる高度情報社会において図書館、ことに国立国会図書館が果たすべき課題と役割について展望する。第1章においては、図書館が以前から果たしてきた役割を概観し、新しい技術を前提として、これからの社会で図書館が果たすべき役割を検討する。最後に電子図書館についてその特徴を述べる。
1.1. 図書館の機能と役割
1.1.1. 歴史の中の図書館
図書館は、数千年の昔から、各種の目的のために、資料を収集し、保管し、利用ができるようにしてきた。時代や地域によって、その書写材料は粘土板、パピルス、木簡、竹簡、羊皮紙、紙、…などの違いがあるが、その内容は立法・行政文書、文芸、哲学、科学、…などあらゆる分野にわたっていた。
古代の図書館でその全貌が知られているものはないが、ニネヴェ、アレクサンドリア、ケルススなど、その活動の一部が記録として残されている図書館はある。アレクサンドリア図書館はそのなかでも最大規模のもので、数十万巻の蔵書を有していた。
古代の図書館は、大量の蔵書を保有するとともに、多数の学者を擁し、その蔵書に関する研究あるいは蔵書を基にした研究を行う場でもあったことが知られている。つまり、学者工場とでも呼ぶことのできる場所であった。
中世には、多くの僧院が図書室をもっていた。その蔵書は書写僧によって書写された写本が中心であった。蔵書は鎖つきで読書机に固定されてはいたが、近代図書館へとつながる図書館の原型の一つを、ここに求めることもできる。
12世紀に入り、大学が現れると、ここにも図書館が設けられるようになった。初期の大学図書館は小規模であったが、次第に教育・研究に必要な蔵書を充実させ、現在では、貴重な情報資源の集積所として無視できないものとなっている。また、大学図書館が国立図書館を兼ねている国もある。
グーテンベルクによると言われる活版印刷術の発明後、多くの印刷図書が流通するようになる。図書の発行部数が増加しただけでなく、当時は1冊の本を多数の人々の前で読み上げたことも考えると、知識・情報の普及の速度はそれによって急速に高まったと考えられる。現在の紙に印刷された図書の生産はここから始まり、図書館の蔵書も以後急速に増加していくことになる。
ヨーロッパの近世における国王の権力の増大とともに、王立図書館が現れ、いくつかの国々では、王立図書館を基礎として国立図書館が生まれた。
19世紀中頃、イギリス、アメリカに、相次いで近代的な公共図書館と呼べるものが現れた。そこで強調されたのは、民主主義の担い手である国民が、自らを教育する場としての図書館であり、公開された情報を入手する場としての図書館であった。同じく19世紀には、初等教育制度の確立とともに、小学校にも図書館・室がつくられはじめ、中等教育の普及とともに、さらに中等教育機関へと広がっていく。学校図書館は、本への興味をもたせ、読書の習慣を養うとともに、学習を支援するという役割を担ってきた。
また、専門的知識への要求の高まりとともに、一般的な資料ではなく、特定の分野や対象に関する資料を重点的に収集し提供する図書館も現れた。これらの図書館は、公共図書館の1部門として設けられ、あるいは企業や研究機関に付設された。これは専門図書館と呼ばれている。
東洋においては、19世紀に至るまで近代的な図書館は成立しなかった。しかし、世界最古の印刷物の一つとされる「百万塔陀羅尼経」を有する日本においては、8世紀にはすでに図書寮(ずしょりょう)と言う官府の経籍、図書等を司る役所があり、また大きな寺院には文庫が設けられていた。奈良時代の末期には、すでに芸亭(うんてい)と言う公開の書院も現われている。3000年前にすでに甲骨文字を有していた中国においても、歴代王朝は図書の収集に熱心であり、多くの文献目録や解題書誌を編纂している。これら東洋の図書館は王侯、貴族や上級の僧侶が主として利用する施設であったとは言え、時代の文化にとって、また文化の歴史的な継承にとってかけがえのない役割を果たしてきたことは指摘できるであろう。
1.1.2. 社会における図書館の役割
図書館は、設置者や付設されている機関、利用対象などによって、国立図書 館、公共図書館、大学図書館、専門図書館、学校図書館、児童図書館、盲人図書館などに分けられている。これらは、ある機関の活動を支援するために置かれている図書館と、地域の住民の情報要求を充足するための図書館とに大きく分けられる。
大学図書館、専門図書館、学校図書館などでは、機関の活動が明確に定められ、利用者の範囲が限定されているので、方法は多様ではあっても、そのサービス内容を確定することは、比較的容易である。例えば、大学図書館であれば、教育、研究、大学経営に関する活動を、情報という観点から支援するためのサービスがその中心となる。
しかし、児童図書館、盲人図書館などを含む公共図書館は、その利用者を、地域住民とその地域で働く人たちに限ることが多いといっても、その要求をすべて知ることは簡単ではない。我が国の公共図書館に関する法律である図書館法では、図書館を「図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資することを目的とする施設」(第2条)と定義している。しかし、アメリカの公共図書館のアウトリーチ計画(図書館を利用したことのない人々や、利用が困難な人々の要求に応えるための、図書館の公共サービス計画)はこれよりもはるかに広いサービスを行っている。各国の公共図書館は、これまでさまざまな活動 を試みてきたし、現在もまだその可能性を模索中であると言ってよい。
1.1.3. 国立図書館の役割
国立図書館は、国内出版物の網羅的収集、他の国々の主要な出版物の収集、全国書誌の整備、外国との全国書誌の交換、図書館員の研修など、国民全体への図書館サービスの機関であるとともに、他の図書館で充足できないサービスを補完する役割を果たしている。
一国の図書館界全体の中に占める国立図書館の歴史的沿革と法的な位置は国によってさまざまである。絶対王政の時代の王立図書館が近代に国立図書館に衣更えをしたもの、大学図書館が国立図書館を兼ねているもの、国立図書館が公共図書館の機能を兼ねているもの等がある。二つの国立図書館、つまり国立国会図書館と米国議会図書館は議会に設置され、議会に対して責任を負うこととなっているが、一般には文部省、文化省、科学省、内務省等の国の行政機構に置かれている。
国立国会図書館は、その支部図書館も含めて、我が国で唯一の国立図書館であり、国会へのサービスとともに、国民へのサービスを行う機関である。国立国会図書館の役割と使命については、第2章で述べるが、国会の図書館であると同時に我が国の国立中央図書館として、国会、行政・司法機関、国民、図書館界に対してさまざまな奉仕と協力活動を行っている。
多くの国々の国立図書館は、現在、その与えられた役割をこれまで以上に十分に果たすことを目指して、新しい情報通信技術の活用方法を模索し、将来における図書館サービスのあり方を模索している。新しい技術は、情報の地域格差を是正するとともに、従来の方法では達成できなかった迅速な情報提供を可能にする。
1.2. 高度情報社会における図書館の新たな役割
1.2.1. ディジタル情報とマルチメディアの特性
1.2.1.1. ディジタル情報の特性
ディジタル革命とは、あらゆる形態の情報の内容(コンテンツ)の生産、蓄積、伝送、処理のすべてがアナログからディジタルに移行することを言う。これによって、コンピュータと通信ばかりでなく、コンピュータと家電との融合も進み、さらには情報産業の融合へと進んでいくと予測されている。
このように、近い将来は、世の中で流通する情報の多くが、これまで以上にディジタル化されることになるが、ディジタル情報は、次のように、アナログ情報とは異なる特性をもっている。
(1)劣化なしに複製・伝送ができる。
(2)データの一部または全部の再利用が簡単にできる。
(3)情報の単位が図書のように確定していない。
(4)多様な媒体に記録・蓄積ができる。
(5)多様な方法で表示できる。
これらの特性は、特に著作権や課金などの問題において新たな課題をもたらすものである。
もちろん、ディジタル情報といっても、その記録方法は一様ではない。例えば、従来の図書を電子図書館の蔵書とする場合でも、画像データとして記録する方法、画像データからOCRにより文字コード化(画像データとともに記録することが多い)する方法、文字コードとして記録する方法などがある。これら違いは、電子化コスト、記憶容量、伝送時間、検索性能などに影響を与える。
1.2.1.2. マルチメディアの特性
人間は、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚などの感覚をもち、感覚器官を通して外界の状態や変化などを知覚する。太古以来、人間は、これらの器官を利用して、対象の識別、危険の察知、身ぶりや手ぶりによるコミュニケーションの実行、その他あらゆる活動を行ってきた。
人間の思想や活動を記録するメディアとして現れた図書は、文字や図などを記録できるだけであった。もちろん、これによって、人間の思想や感情の表現を、時間・空間を超えて伝達できるようになった意義は大きい。しかし、図書は、自然や人間の発する情報の記録手段としては、限られたものでしかない。
19世紀になると、写真、蓄音機、映画が現れ、記録できる情報の範囲は、静止画、音、動画にまで拡大された。情報の伝送の面においても、電信、電話、ラジオ・テレビ放送などが、前世紀から今世紀にかけて実現した。また印刷技術の進歩により、図書の記録性も向上した。
コンピュータは、20世紀の中頃に現れた。これによる情報処理も、初期の計算を主とする利用から、文字、音、静止画、動画等の処理への利用へと進んできた。さらに、この発展として仮想現実を加えることもできる。マルチメディアとは、これら多様なタイプの情報を、統合的に利用できるコミュニケーションの一形態と考えることができる。
文字、音、映像情報の伝達という点からのみ見ると、現行のテレビジョンもマルチメディアと考えられないこともない。しかし、ここでいうマルチメディアとは、ディジタル性、対話性、異なる情報の同時利用などの点で、テレビジョンなどの放送とは異なるものである。マルチメディアの実用化に伴い、我々は、個々のメディアでは限られていた現実世界のより忠実な記録を保存し、伝達できるようになる。これは、多様な情報の記録や伝送を容易にするとともに、従来のメディアを大きく変化させる可能性ももっている。例えば、これまでは実験やシミュレーションを行っても、限られた数枚の写真しか掲載することのできなかった学術論文の中に、詳細な映像を含めることもできるようになる。
しかし、マルチメディアの出現は、電子図書館の実現に当たっても、考慮すべきいくつかの新しい問題を提起している。すなわち、マルチメディアは、前項で述べた特性に加え、文字、音、静止画、動画など、異なるタイプのデータの多様な組み合わせが可能であること、著作者の権利が錯綜すること、結合著作と共同著作の境界があいまいになることなどから、著作権処理などの点で、従来のメディアと比べると、困難な問題をもたらす可能性がある。
電子図書館の実現に当たっては、これらの問題にも注意が払われなければならない。
1.2.2. 高度情報社会における図書館の可能性
これまで図書館は、受入れ、貸出し、整理などの業務にコンピュータを導入し、それらの業務の効率化を図ってきた。現在、目録データベースへの遠隔アクセス、電子メール等の利用による貸出し依頼などのサービスを行っている図 書館も珍しくはない。
しかし、これらの業務は統合されたシステムとはなっておらず、また資料そのものを利用するためには、図書館まで行かなければならない。配達サービスは、限られた利用者にのみ行われるのがふつうである。さらに、他人が利用中の図書は利用できず、ベストセラーの場合は、相当数の複本があっても、半年も待たなければならないこともある。
情報内容をはじめとして、ディジタル技術の利用によって、図書館の便利さはこれまでとは比較にならないほど向上しうる。携帯端末からのアクセスを含めた遠隔アクセスが可能になり、はるかに使いやすく良い結果の得られる検索 機能が利用でき、豊富な蔵書群から最適の資料を選択することができるようになる。
ディジタル技術は、まだ完成された技術ではない。研究開発は現在も続いており、利用者にとって、将来さらに便利な機能が提供されるようになることは確実である。具体的には、より柔軟な検索機能、使い勝手の向上、各種の情報の統合、情報のフィルタリング、利用者独自のカスタマイズ、使いやすいオーサリング・ツールなどを挙げることができるであろう。
この技術進歩の恩恵を受けるのは、図書館のみではない。ディジタル技術は、情報の提供に関わるあらゆる業務に浸透しつつあるからである。新聞、出版、放送、データベース産業、また、公的機関によって運営されることの多い、博物館、美術館、文書館、情報公開センターなども、同じ技術を利用して、そのサービスを拡大することができる。
図書館は、単独で利用者の情報要求を満たすことは不可能であると認識し、これまでも図書館協力が進められてきた。ネットワークの時代になっても、この協力の必要性はなくならないであろうが、そのあり方は以前とは変わるはずである。さらに、図書館は、情報提供に関わる他の機関と協力することによって、社会におけるその有用性を高めることができる。
1.2.3. 図書館サービスの拡張と発展
利用者の求める情報を適切な形で迅速に提供するという図書館の基本的な機 能は、将来にわたっても変化することはない。図書館の他の機能も、情報通信 技術の導入によって改善されることになるが、機能自体が大きく変わるわけではない。
しかしながら、将来の図書館は、新しい情報通信技術の利用によって、今よりもはるかに便利なサービスを、より広い範囲の利用者に向けて提供することができるようになる。
図書館サービスの拡張を可能にする電子図書館の特性については次節で検討することにして、ここでは、その特性を活かすことにより、図書館の利用者にとって、どのような便宜が与えられるかについて考察する。それらの中には、従来の図書館の理念として掲げられてはいても、技術、予算、人材などの制約によって、これまで実現されなかったものもある。
1.2.3.1. 情報格差の是正
情報格差とは、情報基盤・資源の地域格差、利用者の経済的状況、情報リテラシーの格差などにより、情報要求の表現・充足の点で、個人間に差が生ずることをいう。
電子図書館は、全国的、世界的な情報通信基盤を利用することによって、多様な情報資源へのアクセスを、どこでも、いつでも、だれにでも保障するものであるべきである。これは、現行の技術によってほぼ実現しうるが、身体障害者の利用などに関しては、今後の研究開発を待たなければならない部分もある。国民が要求する情報や知識の範囲は無限といってよい。しかし、図書館が提供する情報の主たる部分は、特定の人々が、短期的な利益を得るために利用する1秒ごとに変化する金融情報などではない−−このような情報は、有料サービスの領域と考えられる。国立中央図書館は、国民一人ひとりが、主権者としての権利を行使し、義務を履行するために必要とされる情報を、住んでいる場所や経済的状況にかかわりなく、速やかに得ることができるようにすることが望ましい。現在の技術を利用することによって、情報格差を是正することができる。技術的基盤はすでに整いつつあり、残されているのは、それを実現する意志である。
1.2.3.2. あらゆる情報の入手
現在の図書館は、自館の蔵書に基づくサービスを基本とし、相互貸借などにより充足できない部分のサービスを補っている。しかし、図書館が利用者の情 報要求を満たす機関であるなら、あらゆる情報の入手に対応する用意をしておくことが望ましい。
図書館が利用者に情報を提供する手段は、大きく次の3つに分けることができる。
(1)自館の「蔵書」からの提供
(2)情報源の所在に関する情報の提供
(3)他の情報源へのアクセスを仲介するゲートウェイ機能の提供
適切なナビゲーション機能をもつことによって、現在の相互貸借は、(2)または(3)によって代替できるものと考えられる。
電子図書館の時代になっても、一つの図書館がすべての要求を満たしうる資料を保持することは不可能である。「あらゆる情報の入手」も今のところは、可能性でしかない。それを実現するための努力が払われなければならないが、そのための技術的基盤はほぼそろっている。
1.2.3.3. 多様な機能の実現
情報通信技術の進歩によって、新しい機能やサービスが続々と実現されている。インターネットだけでもさまざまな技術が次々に実用化され、多様なサービスが提供されつつある。数千万の情報を対象とした情報の検索、インターネット上で情報を多数の利用者に伝送できるプッシュ技術やマルチキャスト技術、動画や音を送信するキャスティング技術、さらにはインターネットでテレビ放送を受信できるサービスなど、従来のテキストと静止画だけの世界から、放送に似たサービスも行えるようになってきている。
情報がディジタル化することによって、本や雑誌などのテキストの情報も、音や動画、さらにはコンピュータ・プログラムもすべてディジタル情報として一元的に取扱うことができるようになる。図書館もこれらの技術を積極的に活 用することにより、図書館の利用を今よりもはるかに便利にすることができる。
1.3. 電子図書館とは
誰もが合意できる電子図書館の定義はまだ存在しない。電子図書館と同じ概 念と考えてよいディジタル図書館、電子図書館と重なる部分は大きいが若干ニュアンスの異なる概念である仮想(バーチャル)図書館についても、同じことが言える。各国で実施されている電子図書館に関するプロジェクトでも、現在の図書館の業務の電子化から出発し、書誌情報、電子化資料へ拡張するもの、索引・検 索中心の研究プロジェクト、マルチメディア・ネットワークと考えられるものなど、さまざまなものがある。
ただし、図書館は、一次情報(本や雑誌など)や二次情報(一次情報を探すための目録や書誌など)の提供、それらに基づくレファレンス・サービスなどの総合的なサービスを提供する機関である。現在実施されている電子図書館プロジェクトはさまざまな特色をもっているが、広く解釈すると、一次情報の電子化によりディジタル・コレクションを形成し、ネットワークを介して利用可能にするという点では共通している。また、既存の図書館を基盤とした電子図書館は、ディジタル・コレクション(電子図書館の「蔵書」)と既存の印刷物等 の資料、さらにインターネット情報資源を含む図書館外部などを統合し、利用者が適切にアクセスできるように、二次情報データベースを整備し、ネットワークを介してそれらの情報を入手できるためのシステムと言うことができる。
本報告書では、電子図書館を「図書館が通信ネットワークを介して行う一次情報、二次情報の電子的提供とそのための基盤」と定義する。本節では、そのように定義された電子図書館にいかなる機能を求めるべきかについて述べる。
1.3.1. どこでも、いつでも、だれでも
これまでの図書館は、利用者に対して、さまざまな制約を課してきた。しかし、情報技術の進歩によって、これまでは不可能と考えられていたサービスを実現できるようになる。その最大のものは、利用における制約をはるかに小さくできることである。もちろん、なるべく制約を小さくしていくためには、今後の研究開発努力に待たなければならない部分もある。
まず、電子図書館は、「どこでも」利用できるものになる。これまで、図書館を利用するには、図書館のある場所に行かなければならなかった。近くにある公共図書館であればそれほどの時間はかからないにしても、稀少な資料、より多くの資料を求めて、都道府県立図書館に行くには、大多数の利用者にとって、交通費とかなりの時間が必要であるし、国立国会図書館に行くための時間を含めたコストはそれ以上のものになる。
後述(2.2)するように、国立国会図書館は国立国会図書館関西館(仮称)(以後、「関西館」と言う。)の開館を2002年に予定している。関西館の開館により、このコストが相当数の利用者にとって軽減されることにはなっても、これまでのサービス方式を続けるならば、関西館に距離的に近い利用者以外の利用者にとっては事態は変わらないままであろう。これは近隣の利用者と比べると、遠方の利用者に対してはるかに多くの負担を強いていることになる。同じ国民であるのに、住む場所によって情報入手に格差が生じているのである。
公共図書館において、これまでにネットワークを介しての目録データベースへのアクセス、電子メールによる貸出し予約などのサービスを始めた図書館もあるが、まだ少数である。そして、資料はもっとも早い場合でも宅配便によって配達されるのを待たなければならない。
電子図書館は、高速通信網の整備や携帯端末の普及、近くの図書館からの関西館へのアクセスなどの助けを借りて、この格差を完全とはいえないまでも、かなり埋めることができる。そして、利用者は、家庭でも、職場でも、出先でも、旅行中でも、どこでも必要な情報を入手できるようになる。
第二に、電子図書館は、「いつでも」利用できるものになる。これまで、図書館は、図書館員の勤務時間によって定まる開館時間中しか利用できなかった。夜間も開館する図書館が増えてきたとはいえ、その数はまだ少ない。しかし、人間の情報要求の発生は、特定の時間に限ることができるものではないし、要求に対する迅速な対応が得られないことが続けば、次第に情報に対する要求そのものが減じていくことになる。電子図書館は、サーバを24時間稼働させておくことによって、いつでも情報要求に応えることができる。
第三に、電子図書館は、「だれでも」利用できるものになる。国立国会図書館について言えば、これまでその利用は20歳以上の成人に限られてきた。電子図書館において、ネットワークの先で利用する利用者を年齢で区別することは意味がなく、技術的にも困難である。
また、これまでの図書館は、身体障害者にとって、来館、資料選択の範囲のいずれをとってみても、十分に満足のゆくものとはなっていない。視覚障害者のためには、大活字本や点字本を備え、自宅までの資料の郵送・配達サービスなどを行っている図書館や対面朗読サービスを行っている図書館もあるが、図書館利用の便宜は、健常者のそれと比べると、依然として大きな格差がある。
情報通信技術の発展は、身障者の図書館利用の便宜を大幅に改善する可能性をもっている。今のところ、視覚障害者向けの技術開発が主であるが、音声入力、音声補助、点字ディスプレイなどの開発とともに、何よりも、来館の必要がなくなることにより、図書館利用は今よりもはるかに便利になるはずである。もちろん、そうなるためには、いっそうの技術開発に努力が払われなければならない。
電子図書館の利用に慣れていない人には、図書館員の援助が必要である。電子図書館はこのような機能を組み込むことによって、だれでも利用できるようになる。さらに、翻訳用ソフトウェアの利用により、外国語資料の利用なども便利になるはずである。
当然のことながら、あらゆる情報への無制限のアクセスが好ましくない場合もあるかもしれない。資料整備の方針、索引の内容、ナビゲーションやリンク付けの基準などにもよるが、成人には問題のない資料でも、児童には閲覧させることが好ましくないものも存在するかもしれない。電子図書館の設計に当たっては、このような課題にも配慮すべきであろう。
1.3.2. 巨大な情報空間の案内役
将来の図書館は単独で存在するのではない。多くの国々で開発中の電子図書館が実用化され、さらに多くの機関・政府・自治体が多様な情報を提供するようになると、我々は、地球上の至る所に分散され、そのいずれにもネットワークを介してアクセスできる膨大な情報の集まりをもつことになる。それは巨大な情報空間あるいは情報宇宙と考えることができる。
しかし、この空間は、一般利用者にとって、その中に無秩序に知識と情報がばらまかれた空間で、そのままでは、ある特定の情報があるか、あるとしたらどこにあるかすら全くわからない空間でしかない。
電子図書館は、この巨大な情報空間の中で、利用者に必要な情報を提供できるように、情報を組織化しておかなければならない。
現在、ワールド・ワイド・ウェブ(World Wide Web、以下“WWW”と表記する)上の情報検索・ナビゲーションの手段として、一方では、エージェント、ロボット、サーチ・エンジン等の高機能化が模索されており、他方では、メタデータの標準化が試みられている。
電子図書館は、これらの成果を取り入れ、利用者が情報空間の中で不必要に迷うことなく、求める情報を容易に入手できるような手段を提供すべきである。特に、情報源に関する情報の整備は、電子化資料そのものの整備と並んで、重要な業務となる。
1.3.3. 電子図書館による中立性と公平性の確保
自然科学の知識は、過去の知識を発展させ、時によっては否定して、これまで拡張され、蓄積されてきた。また、我々の思想や感情は、哲学・文学・芸術の表現として蓄積されてきた。新しい表現も、過去の哲学・文学・芸術上の表現を基礎として生まれてくるものである。多くの思想、感情の表現は、時には自然科学的知識の表現ですら、さまざまな価値を反映している。そして、あらゆる多様な価値のぶつかり合いの中で、それぞれの価値は研ぎすまされ、ある場合には自然に淘汰されていく。これら の価値の現在の到達段階あるいは歴史上の価値の総体を、我々は文化と呼んでいる。
図書館はこれまで、さまざまな価値観を表現した図書その他の資料を、公平に扱うようにつとめてきた。その基準は、各図書館の図書選定基準などに反映されているが、多くの場合、網羅的収集は予算や収容能力の点から不可能であるために、対立的な価値についても、いくつかの代表的な資料の収集にとどめることが多かった。
電子図書館は、従来の図書館よりははるかに少ないスペースに大量の「蔵書」を保管できることに加えて、外部図書館との協力により、膨大な「蔵書」を背後にもつことができる。電子図書館は、この特性を利用して、従来の図書館では実際的には不可能であった、多様な思想、感情、価値観の表現された資料を、広く収集し、利用者に提供することができるようになる。
この際、注意すべき点がいくつかある。第一に、思想、感情、価値観の多様な表現を自らの「蔵書」とし、あるいはナビゲーションを可能にするとき、網羅性を求めるべきであるが、それができないときは、特定の表現に偏しないように公平性を保つことが重要であろう。「蔵書」の公平性を放棄することは、図書館の社会的機能を自ら放棄することになる。
第二に、網羅性を求めるべきであるとは言っても、図書館は、現行の法律の枠内で「蔵書」の構築を行わなければならないことである。猥褻図画の判断基準にも見られるように、法律は時代の価値観の反映であり、不変のものではないが、いかなる資料でも自由にアクセスできる「蔵書」に加えられるべきであるとは必ずしも言えない。
第三は、プライバシーの保護である。思想・信条の自由とは、個人が特定の思想・信条を信奉しても、そのことのみによって不当な扱いを受けないことを保障するものである。この保障を確実にするためには、特定の思想・信条が表現されたものを入手したことが、本人の意志に反して公開されることがないようにする必要がある。
電子図書館においては、サーバにアクセス記録のためのプログラムをおくことによって、だれが、いつ、どのような資料を閲覧したかを容易に知ることができるようになる。このような機能は、電子図書館の有用性を示すために、あるいはシステムのピーク時への対応などを知るために必要なことも多いが、システムや業務の改善を目的とした統計的処理にとどめるべきである。
1.3.4. 文化の継承と提供のための社会的機関
図書館は、すべての国において、近代的図書館の歴史の長さに差はあるが、社会の中で確立された不可欠の機関となっている。図書館は、これまでにも、文化遺産の継承という重要な役割を果たしてきた。文化とは、歴史的に蓄積された文化遺産を基盤として発展していくものであるから、図書館は将来もこれまで以上の努力を払って、文化遺産の継承に努めなければならない。新しい文化の創造は、過去の文化遺産の利用によって可能となる。それゆえ、文化遺産は保存のために保存するのではなく、広く国民の利用を促す機能を同時に担わ なければならない。
さらに我が国の文化遺産の継承とその利用機会の増大は、情報流通の不均衡を是正することができる。十数年前から、各種データベースの生産において、我が国の貢献が少ないことが、特に米国から指摘されてきたが、WWWの登場以後急速に増加したネットワーク情報資源により、情報の発信と受信の不均衡はさらに悪化していると考えられる。国立国会図書館の電子図書館は、我が国から発信される情報を質量ともに増大させることによって、この不均衡を是正するために、大きな貢献をすることができる。
当然のことながら、このためには、それにふさわしい組織と資源が必要である。また、いくつかの技術的課題の解決にも努力が払われなければならない。例えば、CD-ROMやディジタル・ビデオディスク(DVD)のような新しい記憶媒体をはじめ、固定ディスクなどについても、そこに記録された情報が書換えなしでどのくらいの期間にわたって保持しうるかは、まだはっきりしていない。
1.3.5. 21世紀は電子図書館の時代
コンピュータ関連技術の進歩とともに、電子図書館の実現に必要な基礎技術が出そろい、電子図書館の実現が可能になった。また、今のところ、十分高速のデータ通信回線が利用できないため、低品質の伝送しかできない音や動画なども、近い将来高速データ通信網の敷設によって、高品質の伝送が可能になる。
このような技術の現段階及び将来の可能性を前提として、アメリカ、ヨーロッパ諸国、日本をはじめ、東南アジアその他の国々も含めて、多くの国で電子図書館の研究開発が進められており、その成果の一部にはアクセスできるようになっている。
各国における電子図書館開発への資源投入の直接のきっかけは、アメリカ合衆国の全米情報基盤(National Information Infrastructure:NII、いわゆる情報スーパーハイウェイ)構想である。この構想では、2010年までに、各家庭まで高速データ回線を敷設するとともに、重要なアプリケーションの一つとして、電子図書館(ディジタル図書館)の開発が進められている。
我が国でも、1994年8月に、高度情報通信社会推進本部が設置され、翌年2月に『高度情報通信社会推進に向けた基本方針』が決定された。この『方針』では、光ファイバー網の全国整備を2010年までに行うとされていたが、政府は1997年に、この計画を繰り上げて、2005年までに実現することを決定した。
コンピュータ技術の分野では、コンピュータの性能の向上とともに、いっそうの小型化、低価格化が進んでいる。さらに、ネットワーク利用を前提とした低価格のコンピュータの開発、通信指向のプログラミング言語の利用、仮想現実など、技術の進歩は当分の間つづくことが予測されている。
情報資源の利用については、ブラウザ(閲覧用ソフトウェア)の機能の向上、通信プロトコルの改定、マルチキャストやプッシュ技術の進歩などにより、情報入手は、今後さらに便利になると考えられる。これと並んで、実用化を前提とした電子マネーや電子決済の実験も各国で行われており、課金システムの構築における問題も近い将来には解決が期待される。
現代の社会は情報を基盤とした社会であり、来るべき社会が高度情報社会であって、すでに我々はそこに足を踏み入れつつあると言われている。これまで情報社会、高度情報社会と言う場合は、その社会的な情報基盤を構成するコンピュータ等による情報処理技術や情報通信網などのハードウェア面が強調されてきたように思われる。電子図書館がめざす情報基盤とは、ハードウェアという「器」の内容となる情報や知識そのものであり、その集積である。
20世紀後半に急速に進展した情報処理技術や情報通信網のハードウェアの基盤は、21世紀の来るべき情報、知識、文化のための基盤形成への道を拓いたものだということができる。これらの技術的基盤の上に構築される本来の意味での高度情報社会はこれから作りあげてゆくことになる。21世紀の電子図書館はそのような来るべき社会において情報基盤となるものである。そのような意味で、 21世紀を電子図書館の時代と言うことも可能であろう。
もちろん、著作権処理や課金の問題などを取り上げて、電子図書館の実現の困難さをことさら強調する意見もないわけではない。しかし、電子図書館は、我々にとって初めての経験であり、これらの問題は電子図書館の実働化の前に最低限の合意点を見出して一歩を踏み出し、その後長い時間をかけてしかるべき慣行が確立されていくものであると考えている。高度情報社会と言われる社会において、国民が図書館においてディジタル情報にアクセスできないということは、社会そのものの根幹に関わることであろう。技術的な環境は整いつつ あるため、よりよき将来に対する想像力と、推進に向けた意志、さらに共通の理解によって、21世紀の知的基盤としての望ましい電子図書館を構築してゆく必要がある。
