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中世写本は、黒いインクだけでなく青や赤のインクでも文字が書かれました。それを再現するため、グーテンベルクは『42行聖書』で赤色印刷を試みましたが、うまくいかなかったため、その部分は手書きで仕上げるようにしました。1457年にフストとシェファーは『マインツ詩篇』でイニシャル部分を多色印刷しましたが、技術的に困難なためか、その後それほど普及しませんでした。しかし、1480年代に入ると、アウグスブルクのE.ラトドルトのように、部分的に赤いインクで印刷することが得意な印刷者も出てきました。
挿絵への色付けは、インキュナブラ時代以降も長らく手で彩色する方法がとられ、17-18世紀にはメゾチントやアクアチントのような凹版で多色印刷が行われました。17世紀後半にニュートンの光の三原色理論が出ますと、この原理によるカラー印刷がJ. C. Le Blonにより始められました。19世紀にはリトグラフが発明され、色を付けるchromolithographyという技法が発達しました。現在ではオフセット印刷によるカラー印刷が多く行われています。
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