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インキュナブラ・コレクション

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ドイツのインキュナブラ零葉

「ラテン語聖書」
14.「ラテン語聖書」
Biblia latina.
[Basel: Berthold Ruppel, about 1468]
GW 4207. Typ.1:116G
<請求記号 YP21-84, Taf.19>

ベルトルド・ルッペルは、グーテンベルクとフストとの裁判記録「ヘルマスペルガー公正証書」中にBechtolff von Hanauという名前で出てくる人物と同一人物であると思われ、グーテンベルクの助手を務めた人です。バーゼルに印刷術を導入し、最初に印刷したのがこの「ラテン語聖書」でした。ルッペルは1474年頃にも再び「ラテン語聖書」を印刷しましたが、第1巻のみ印刷して亡くなり、第2巻は同じバーゼルでBernhard Richelが1474年に印刷しました。


グレゴリウス9世「教令彙集」
15.グレゴリウス9世「教令彙集」
Gregorius IX, Pont. Max. Decretales cum glossa.
Basel: Michael Wenssler, 1486.
GW 11472. Typ.4:190G, Typ.10:90G, Typ.11:78G
<請求記号 YP21-84, Taf.27>

ミカエル・ヴェンスラーは1472年頃よりバーゼルで印刷を始めました。多作な印刷者で150点ほどのインキュナブラが知られています。1490年頃、経営難に陥り、印刷機材を売却しました。また、1492年頃よりフランスへ移り、クリュニーやリヨンなどで印刷した10点弱のインキュナブラも知られています。

「教会彙集」はグレゴリウス9世 (c.1143-1241) の命で編纂された教皇法令集で1234年に完成しました。51版のインキュナブラが知られており、最初のものは1470-72年にシュトラスブルクのHeinrich Eggesteinが印刷しました。ヴェンスラーは1478年より「教令彙集」を4版印刷しており、本書はその3番目に当ります。


J. バルブス「カトリコン」
16.J. バルブス「カトリコン」
Balbus, Johannes. Catholicon.
[Mainz: Printer of the 'Catholicon'] '1460' [not before 1469]
GW 3182 Typ.1:82G
<請求記号 別-19>

この本はコロフォンの記述から1460年にグーテンベルクが印刷したものとされてきました。しかし、料紙の研究により1469年以降の紙が使われているものが存在することがわかり、異版が少なくとも3つはあるという説が出されました。すべて1469年以降に印刷されたとする説もあり、ここではその説にしたがって出版事項を記しています。この活字はエルトヴィルでベヒターミュンツェ兄弟が1467年には用いており、真の印刷者は誰であるかについて、論争はまだ決着がついていません。

J.バルブスは13世紀後半の修道士です。「カトリコン」は聖職者向けのラテン語文法書・辞書で、'万能薬'という意味になります。インキュナブラとしては24版が知られ、1469年にはアウグスブルクのG.ツァイナー (20.参照) も印刷しています。


トーマス・アキナス「神学大全第2部第1編」
17.トーマス・アキナス「神学大全第2部第1編」
Thomas Aquinas. Summa theologiae: Pars secunda: prima pars.
Mainz: Peter Schoeffer, 8 Nov. 1471.
GW M46467 Typ.3:88G, Typ.6:92G
<請求記号 YP21-84, Taf.57>

パリで写字生であったペーター・シェファー (c.1425-1503) は、初めはグーテンベルク工房で働いていたが、その後、グーテンベルクと裁判で争ったヨハン・フストの娘婿となり、1457年に印刷した「マインツ詩篇」を始めとして200点を超えるインキュナブラを印刷しました。フストと共同で印刷したものを含め10種の活字が知られています。

トーマス・アキナス (c.1225-1274) は中世で最も著名な神学者で、3部構成の「神学大全」は未完ながら主著です。インキュナブラとして33版が知られており、1463年頃シュトラスブルクでJ.メンテリンが第2部第2編を印刷したのが最初です。次いでP.シェファーが1467年に同じ第2部第2編を印刷し、引き続き第1編を印刷したのが本書です。


M.A. カシオドルス「教会史」
18.M.A. カシオドルス「教会史」
Cassiodorus, Magnus Aurelius. Historia ecclesiastica tripartite.
[Augsburg]: Johann Schüssler, about 5 Feb. 1472.
GW 6164. Typ.1:116G
<請求記号 YP21-84, Taf.3>

ヨハン・シュスラーはG.ツァイナー (20.参照) に次いで、アウグスブルクで1470年に印刷を始めました。活動は1473年までで、5台のプレス機械が同じアウグスブルクのウルリッヒ・アフラ修道院に売却されました。12点のインキュナブラが知られており、すべて同じ活字で印刷されていますが、この活字はG.ツァイナーから購入したものです。

カシオドルス (3.参照) の著作のうちインキュナブラとして印刷されたのは「教会史」と「詩篇釈義」の2タイトルです。「教会史」には3つの版がありますが、本書が一番古いものです。


D. カトー「風紀二行詩」
19.D. カトー「風紀二行詩」
Cato, Dionysius. Disticha de moribus.
Augsburg: [Anton Sorg], 2 Nov. 1475.
GW 6277. Typ.1:103G
<請求記号 YP21-84, Taf.7>

アントン・ゾルク (d.c.1492) は1475年より印刷を始めた多作な印刷者で200点近くのインキュナブラが知られています。その7割近くがドイツ語で書かれたものです。木版挿図入りの本も多く印刷しました。ウルリッヒ・アフラ修道院で使われた活字を用いて印刷を開始し、まずラテン語の著作を印刷しました。その後活字を増やして、全部で7種類の活字を使用しました。

D.カトー「風紀二行詩」は中世において大変人気のあった教訓詩で、150版近くのインキュナブラが印刷されました。ラテン語原文だけでなく独・伊・仏・蘭・英語の対訳文も印刷されました。本書は最も初期に印刷された「風紀二行詩」です。


ピサのバルトロマエウス「良心問題大全」
20.ピサのバルトロマエウス「良心問題大全」
Bartholomaeus de Sancto Concordio. Summa de casibus conscientiae.
[Augusburg: Günther Zainer, not after 19 July] 1475.
GW 3453. Typ.4:94/95R
<請求記号 YP21-84, Taf.2>

アウグスブルクに印刷術を導入したギュンター・ツァイナー (d.1478) はロイトリンゲンの出身で、1468年に印刷を始めました。この時の活字を1470年にはJ.シュスラーに売却して、次にローマン体活字でセビリアのイシドルス「語源」 (1472) や本書などを印刷しました。その後、大きめのゴシック活字で木版画を挿入した本を印刷するようになり、100点ほどのインキュナブラを印刷しました。挿絵入り本は後にウィリアム・モリスが賞賛したことで有名です。彼の用いた5種の活字が知られています。

ピサのバルトロマエウス (c.1260-1347) はドミニコ会修道士で、「良心問題大全」はフライブルクのヨハネス「聖職大全」を改訂した倫理神学書です。8版のインキュナブラが知られています。


「ドイツ語聖書」
21.「ドイツ語聖書」
Biblia [German].
Augsburg: Johann Schönsperger, 9 Nov. 1490.
GW 4306. Typ.2:94/96G, Typ.3:140G
<請求記号 YP21-84, Taf.14>

ヨハン・シェーンスペルガー (d.1523) は1480年ころより印刷を始め、知られているインキュナブラは200点近くになります。既に印刷されているインキュナブラの模刻を多く印刷しました。「ドイツ語聖書」は1487年と1490年の2回印刷していますが、これも1483年にニュルンベルクのA.コベルガー (24.参照) が印刷したものの模刻です。16世紀に入ってからも印刷を続け、1517年に印刷したM.プフィンツィング「トイヤーダンク」は美しい木版画の入った本として有名です。


「フライジングミサ書」
22.「フライジングミサ書」
Missale Frisingense.
Augsburg: Erhard Ratdolt, [17 Mar.] 1492.
GW M24383. Typ.19:132/134G, Typ.20:222/224G
<請求記号 YP21-84, Taf.17>

E.ラトドルト (8.参照) が故郷アウグスブルクに帰ってすぐ印刷したものに「活字見本」 (1486) があります。これには14種の活字が使われていますが、これを用いて暦、日課祈祷書などを印刷しました。ミサ書も「アウグスブルクミサ書」「パッサウミサ書」など10点を印刷しています。ラトドルトがアウグスブルクで用いた19種の活字が知られています。


ライネリウス・デ・ピシス「普遍神学」
23.ライネリウス・デ・ピシス「普遍神学」
Rainerius de Pisis. Pantheologia, sive Summa universae theologiae.
Nuremberg: Johann Sensenschmidt and Heinrich Kefer, 8 Apr. 1473.
GW M36929. Typ.2:98G
<請求記号 YP21-84, Taf.61>

ニュルンベルクに印刷をもたらしたのはヨハン・ゼンゼンシュミットで、グーテンベルクの助手であったハインリッヒ・ケファーと共同で1470年頃に印刷所を開いたと思われます。しかし彼らが共同で印刷したインキュナブラは3点が知られるのみで、そのうちの1点は本書を広告するブロードサイド (一枚もの) です。ゼンゼンシュミットはニュルンベルクで50点ほどのインキュナブラを印刷した後、1479年頃からはバンベルクへ移り、そこで60点ほどのインキュナブラを印刷しました。

ライネリウス・デ・ピシス「普遍神学」はインキュナブラとして6つの版が知られていますが、本書が一番古い版です。


ライネリウス・デ・ピシス「普遍神学」
24.ライネリウス・デ・ピシス「普遍神学」
Rainerius de Pisis. Pantheologia, sive Summa universae theologiae.
Nuremberg: Anton Koberger, 12 Feb. 1477.
GW M36940. Typ.2:113G
<請求記号 YP21-84, Taf.63>

アントン・コーベルガー (c.1440-1513) は1472年頃から印刷を始め、200点を越すインキュナブラが知られる多作な印刷者です。用いた活字も30種に上ります。Michael Wolgemuth (1434-1519) という画家を雇って木版挿図を描かせ、「聖櫃」 (1491) 「ニュルンベルク年代記」 (1493) のような挿絵入り本を印刷したことで有名です。印刷業の経営にすぐれ、1509年には彼の印刷所には24台の印刷機が置かれ、100人の職人が働いていたそうです。


J.マグニ「ソフォロギウム」
25.J.マグニ「ソフォロギウム」
Magni, Jacobus. Sophologium.
[Strassburg: The 'R-Printer'(Adolf Rusch) , 1474]
GW M17665. Typ.1:103R
<請求記号 YP21-84, Taf.86>

アドルフ・ルシュ (2.参照) はコロフォンに名前を記していない印刷者ですが、最初に用いたローマン体活字のRの形が特徴的なので、R-Printerと呼ばれます。この活字で15点ほどのインキュナブラを印刷しました。ルシュは1470年頃にも「ソフォロギウム」を印刷しています。また、1480年頃、アメルバッハ (3.参照) の活字 (Typ.1,Typ.3) を借りて「ラテン語聖書」を印刷した (Typ.1,Typ.3) ことが遺された書簡から分かっています。

J.マグニ (c.1350-c.1422) はフランスの説教者でフランス名をジャック・ルグランといいます。「ソフォロギウム」はアブー・マシャルやチョーサー等の哲学、科学、家政の文章を集めた百科事典です。23版のインキュナブラが知られ、うちフランス語版はLe livre de bonnes moeurs、英語版はThe book of good mannersというタイトルで知られています。


「ラテン語聖書」
26.「ラテン語聖書」
Biblia latina.
[Strassburg: Johann Prüss] 1489.
GW 4265. Typ.7:156G, Typ.8:80/81G
<請求記号 YP21-84, Taf.105>

ヨハン・プリュス (b.1447) はヴュルテンベルクの出身で1479年頃に印刷を始め、同名の息子に印刷業を引き継いだ1511年まで活動しました。20を超える活字を用いた180点を越すインキュナブラが知られており、シュトラスブルクで最も多作な印刷者でした。


テレンティウス「喜劇集」
27.テレンティウス「喜劇集」
Terentius Afer, Publius. Comoediae.
Strassburg: Johann(Reinhard) Grüninger, 1 Nov. 1496.
GW M45481. Typ.17:138G, Typ.22:89/90R, Typ.23:64R, Typ.33:48G
<請求記号 YP21-84, Taf.103>

ヨハン・グリュニンガーは1483年より印刷を始め、30を超える活字を用いた170点ほどのインキュナブラが知られる、シュトラスブルク第2の多作な印刷者でした。S.ブラント「阿呆船」 (1494) 、ホラティウス「著作集」 (1498) などと共に本書もグリュニンガーの印刷した代表的な挿絵入り本です。

テレンティウス (c.B.C.195-B.C.59) はローマの喜劇詩人で「喜劇集」はインキュナブラとしても多数印刷されました。1469年頃ローマでSixtus Riessingerが印刷したものを始めとして103版が知られています。


ウディネのレオナルド「説教集」
28.ウディネのレオナルド「説教集」
Leonardus de Utino. Sermones de sanctis.
[Cologne: Printer of Albertus Magnus 'De virtutibus', about 1474]
GW M17884. Typ.1:99/100G
<請求記号 YP21-84, Taf.46>

ケルンはドイツで最も多くのインキュナブラを印刷した都市ですが、1465年頃同地に印刷術を導入したのはU.ツェル (30.参照) でした。ケルンの印刷所で名前のわからないものが10ほどありますが、このインキュナブラもそのような印刷所で印刷されたもので、同じ活字でAlbertus Magnus: Paradisus animae, sive Tractatus de virtutibus (1473)が印刷されていますので、この印刷者は Printer of Albertus Magnus 'De virtutibus' と名付けられました。近年の調査では、この印刷者は後にフランスのVienneで印刷を行ったJohannes Solidi(Schilling) で、本書は彼がバーゼルで印刷したのではないかと言われています。また、ケルンのPrinter of Daresと名付けられた印刷者も同じJohannes Solidi(Schilling) とされています。

ウディネのレオナルド (d.1469) はドミニコ会士で「説教集」「四旬節説教」などがインキュナブラとして印刷されています。「説教集」は1473年にU.ツェルが印刷したものが最初で、16の版が知られています。


G.パラルドゥス「美徳悪徳大全」
29.G.パラルドゥス「美徳悪徳大全」
Paraldus, Guilielmus. Summa de virtutibus et vitiis.
Cologne: Heinrich Quentell, 1479.
GW 12050,53. Typ.1:101/102G, Typ.2:150G
<請求記号 YP21-84,Taf.48>

ハインリッヒ・クエンテル (d.1501) はケルンで最も多作な印刷者で15種の活字を用いた450点ほどのインキュナブラが知られています。シュトラスブルクの出身で1478年頃より印刷を始め、「ドイツ語聖書」等を印刷しました。16世紀に入っても後継者が印刷を続け、30年戦争頃まで活動しました。

パラルドゥスは13世紀の修道士で、「美徳悪徳大全」はバーゼルで1475年頃「悪徳大全」と「美徳大全」が別に印刷されたのを初めとして、本書のようにセットになったインキュナブラが5版知られています。


リールのニコラウス「全聖書注解」
30.リールのニコラウス「全聖書注解」
Nicolaus de Lyra. Postilla super totam Bibliam.
[Cologne: Ulrich Zel, about 1485]
GW M26502. Typ.2:113G, Typ.3:83G
<請求記号 YP21-84, Taf.43>

ケルンに印刷術を持ち込んだウルリッヒ・ツェル (d.1501) はハナウの出身の学僧で、フスト、シェファーに印刷術を学んだとされています。最初に印刷したのがキケロ「義務論」で、180点ほどのインキュナブラが知られています。また、彼の用いた14種の活字が知られています。

1499年にケルンでヨハン・コエルホフの印刷した「年代記」には、ツェルの証言として、印刷術の発明者はマインツのグーテンベルクであり、ケルン、シュトラスブルク、ヴェネツィアへと伝わった旨が記されています。そこには、印刷の原型がオランダで発明された旨も書かれており、コスター伝説の元ともなりました。

リールのニコラウス (c.1265-1349) はフランスの学僧で聖書の注解書をいくつも書いており、57点のインキュナブラが知られています。


ヤコブス・デ・ヴォラギーネ「黄金伝説」
31.ヤコブス・デ・ヴォラギーネ「黄金伝説」
Jacobus de Voragine. Legenda aurea sanctorum, sive Lombardica historia.
[Ulm: Johann Zainer, not after 1477]
GW M11318. Typ.4:94/95G
<請求記号 YP21-84, Taf.112>

J.ツァイナー (1.参照) はボッカチオ「名婦伝」 (1473) 、ペトラルカ「グリセルダの物語」 (1473) 、イソップ「寓話集」 (1476) などの挿絵入り本で有名ですが、本書には挿絵を入れませんでした。ヤコブス・デ・ヴォラギーネ「黄金伝説」は非常に流布した本で150版のインキュナブラが知られています。アウグスブルクのG.ツァイナーは1471-72年にドイツ語版を「聖者の生涯」というタイトルで印刷しましたが、こちらは彼の印刷した最初の挿絵入り本となりました。


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