松本・ホイットニー会談 1946年2月22日 | 日本国憲法の誕生

資料と解説

3-19 松本・ホイットニー会談 1946年2月22日

1946(昭和21)年2月19日の閣議で、初めてGHQとの交渉の経緯とGHQ草案の内容説明が行われた結果、21日、幣原喜重郎首相がマッカーサーを訪問し、GHQ側の最終的な意思確認を行うこととなった。翌22日午前の閣議で、首相から会見内容が報告され、協議の結果、GHQ草案を基本に、可能な限り日本側の意向を取り込んだものを起案することで一致し、同日午後に、松本烝治国務大臣が吉田茂外務大臣及び白洲次郎終戦連絡事務局参与とともにGHQに行き、GHQ草案のうち、GHQが日本側に対し変更してはならないとする部分の範囲について問いただすこととなった。

「会見記」は、22日午後の会見内容について松本自身が作成したメモである。また、ハッシー文書中の資料は、この会見についてのGHQ側の記録である。松本等は、GHQ草案は一体をなすものであり、字句の変更等は可能だが、その基本原則についての変更を認めないとのGHQの返事を得た。松本は、首相官邸に戻り、首相に報告するとともに、GHQ草案に従って日本案の作成に着手した。

資料名 會見記
年月日 [1946年2月22日]
資料番号 入江俊郎文書 15(「三月六日発表憲法改正草案要綱」の内)
所蔵 国立国会図書館
原所蔵  
注記  
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