高野岩三郎の憲法改正案 | 日本国憲法の誕生

資料と解説

2-13 高野岩三郎の憲法改正案

高野岩三郎は、明治から大正時代にかけて、東大教授として統計学を講じていたが、労働運動家の兄房太郎の影響で、労働問題に関心を深め、東大教授を辞して、大原社会問題研究所の創立に参画し所長に就任(1920年)。戦後は、日本社会党の創立に参加、また日本文化人連盟を結成するとともに憲法研究会を組織、1946(昭和21)年には日本放送協会会長に就任した。

憲法研究会は、鈴木安蔵が作成した原案をもとに討議をすすめたが、多数意見は、天皇制の存続を容認するものであった。高野は、研究会案の討議に参加する一方で、主権在民の原則を徹底し、天皇制廃止・共和制樹立の立場から、1945(昭和20)年11月下旬、独自案である「日本共和国憲法私案要綱」を起草し、完成稿を鈴木に手渡した(掲出資料の日付表記によれば、11月21日に執筆し、12月10日に加筆したように見える)。この中には、大統領制の採用とともに、土地や公益上必要な生産手段を国有化する旨の規定が含まれている。

同要綱は、第二章を修正するとともに、全体に若干の字句の修正を加えて、『新生』1946(昭和21)年2月号に掲載された論文「囚われたる民衆」の中に、「改正憲法私案要綱」と題されて収録された。

資料名 日本共和国憲法私案要綱
年月日 昭和20年11月21日、12月10日
資料番号  
所蔵 法政大学大原社会問題研究所
原所蔵  
注記  
資料名 改正憲法私案要綱 高野岩三郎(「新生」昭和二一年二月號所載)
年月日  
資料番号 入江俊郎文書 11(「憲法改正参考書類(憲法問題調査委員会資料)」の内)
所蔵 国立国会図書館
原所蔵  
注記  
Copyright©2003-2004 National Diet Library All Rights Reserved.