帝国憲法改正問題試案(二0、一0、一一 田付)

帝国憲法改正問題試案 (二〇、一〇、一一田付)

一、聯合国側ノ帝国憲法改正ニ関スル態度
二、帝国ノ憲法改正ニ対スル根本方針
三、憲法改正ニ関スル具体的諸問題

一、聯合国ノ帝国憲法改正ニ関スル態度

聯合国ハ「ポツダム」宣言以来我ガ帝国憲法ノ改正ヲ望ミ居ルハ「ポツダム」宣言ノ第六項、第七項、第十項及第十二項並ニ最近公表セラレタル「日本降伏後ニ於ケル米国ノ初期ノ対日方針」中ノ字句ニ依リ判断セラルル所ニシテ米国其ノ他聯合国ノ議会、新聞紙等ニ於テモ斯ル見解ヲ発表セルモノ少カラズ又帝国軍備撤廃ノ事実ハ当然帝国憲法ノ改正ヲ要スベシ
而シテ聯合国特ニ米国ニ於テハ右憲法改正ニ当リ民主主義的、平和主義的及合理主義的精神及制度ニ則リ行ハルルコトヲ要求シ居ルモノナルコトモ「ポツダム」宣言以後米国側公表諸文書聯合国最高司令官ノ発スル各種命令指令特ニ「米国ノ初期ノ対日方針」ニ依リ殆ド明白ナリ、(「降伏後ニ於ケル米国初期ノ対日方針説明」丙、「国体及政体ニ関スル米国ノ態度」三参照)之等米国ノ要求ガ如何ナル程度又如何ナル範囲ナリヤニ付テハ個々ノ事項ニ依リ異ルト雖「降伏後ニ於ケル米国ノ初期ノ対日方針」(以下「米国ノ対日方針」ト称ス)ニ於テ大体其ノ輪廓ヲ覗ヒ得ベシ(詳細ハ「米国ノ対日方針」説明乙「逐条的説明」参照)
更ニ斯ル憲法ノ改正ノ時期ニ関スル聯合国特ニ米国ノ態度ハ明確ナラザルモ「国民ノ自由ナル意思」ニ基ク改正ヲ希望シ居ルモノニシテ其ノ改正ヲ聯合国側ノ強制ニ依リ行フノ意志ナキコトヲ明カニシ居ルヲ以テ此ノ点ニ付テハ寧ロ帝国政府及国民ノ意志ニ委ネ居ルモノト思考セラル然レドモ其ノ故ニ何時ニテモ可ナリトスルモノニ非ズシテ成ルベク速ニ実施スルコトヲ期待シ居ルハ疑ナカルベシ。

二、帝国ノ憲法改正ニ関スル根本態度

1、帝国降伏後ノ政治情勢ハ未曽有ノ事態ヲ現出シ単ニ其ノ予想セラルル変動ノ規模ノ広大ナルニ止マラス其ノ速度ノ迅速性ニ関シテモ特段ノ考慮ヲ払ハザルベカラズ。而モ現在之等変動ノ規模乃至速度ハ我国自体ノ要求ヨリモ寧ロ他動的ナル聯合国側ノ要求ニ基ク所大ナリ。而モ此ノ変動ニ基ク我国ノ国家組織、国民生活ニ及ボス影響極メテ大ナルガ故ニ短期間ニ之ヲ実行セントスルハ却テ帝国存立ノ基礎ヲ危クスルノ結果ヲ生ズルノ虞少カラズ又其ノ具体的方向モ現在ニ於テ必ズシモ明確ナラザルニ鑑ミ憲法改正ノ方法トシテハ今直ニ決定的ナル手段ヲ採ラズ臨時的改正ノ手段ヲ講ジ、国民意思ノ方向略確定スルニ従ヒ之レガ決定的改正ヲ行フノ方法ニ出ヅルヲ可トセン。従テ憲法改正ノ決定的規模ヲ確定スル前提トシテ所謂「国民ノ自由意志」ニ依ル方法ヲ決定スルノ要アリ(註)
2、憲法改正ハ前記一ニ述ベタル如ク聯合国ノ希望スル所ナリト雖モ右ハ単ニ聯合国ノ希望ノ為ニ行ハルルニ非ズシテ今次敗戦ノ真相ヲ把握シヨリ良キ日本国再建設ノ為、日本国自身ノ為ニ行ハルルコトヲ認識セサルヘカラズ聯合国ノ希望ガ日本ノ民主主義化、平和主義化及合理主義化ヲ目指シ居リ帝国トシテモ「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ日本国ノ斯ル方向ヘノ迅速ナル発展ヲ期シ居ルモノナルガ故ニ憲法改正モ亦此ノ方向ニ向ヒ行ハレザルベカラズ。然レドモ其ノ具体的内容トニ付テハ「米国ノ対日方針」中ニモ明カニセラレ居ル如ク日本国民ノ自由ナル意志ニ依リ決定セラルルモノニシテ聯合国側ヨリ強制的ニ指示セラルルモノニ非ズ。従テ帝国トシテハ聯合国ノ右意向ヲ参酌スルト共ニ帝国ノ歴史、風習、社会制度、文化程度ニ応ジ適当ナル改革案ヲ樹立シ其ノ実現ヲ計ルコト至当ナラン。即我方トシテハ聯合国ノ意向ヲ尊重スルト共ニ帝国将来ノ基礎確定、国民生活ノ安定ヲ目指シ独自且自主的見解ヲ以テ憲法改正ニ邁進スルヲ要ス
3、右見地ニ基キ憲法改正ニ当リ我方トシテ採ルヘキ基本方針左ノ如シ
イ、天皇制度ノ維持
天皇制度ハ帝国肇国ノ大精神ニシテ本制度ノ除去ハ日本帝国ノ滅亡ナリ。如何ナル事態ニ相遇スルモ本制度ノ維持確立ハ帝国存立ノ絶対的基盤ト言フベシ。
此ノ点ニ対スル米国ノ態度ハ「米国ノ対日方針」ニ明カナル如ク 天皇制度ノ維持ヲ確認スルニモ非ズ又絶対排斥スルニモ非ズ日本国民ノ自由意志ニ基ク決定ニ委シ居レリ
ロ、天皇ト国民トノ中間機関ノ排除
本点ハ主トシテ民主化ト合理化トノ趣旨ニ出ヅ。従来 天皇ト国民トノ中間ニ存在スル機関ニシテ法律上責任ヲ有セズ而モ国民トモ何等関係ヲ有セザルモノ相当存在シ(例ヘバ内大臣、枢密院ノ如シ)之ガ為機構ノ複雑化セル外国民ノ意思ノ上通ヲ塞ギ為ニ立憲君主ノ政体ハソノ本来ノ姿ヲ損ハルルニ至レリ、茲ニ於テカ 天皇制度ノ確立ヲ妨害スル斯ル組織乃至制度ノ徹底的排除ヲ策シ特権的階級ノ絶滅ヲ期スベキナリ。
ハ、民主主義的合理主義的法制ノ確立
法制確立前ノ国民ノ教育ニ付テハ茲ニ触レズ単ニ法制トシテ国民自ラノ努力ニ依リ進展ヲ期シ得ルガ如キ法律制度ノ樹立ヲ目指スト共ニ神秘的又ハ余リニ形而上的ナル法制ヲ排シ何人ヲモ納得セシムルガ如キ合理的法制ノ確立ヲ期ス。右ハ議会制度ノ活用ヲ根本トスベク要ハ各人ヲシテ国家ニ対シ其ノ責任ヲ感ゼシムルガ如キ組織タルヲ要スベシ。
4、右革新ハ帝国ノ国情ニ照シ深重ナル考慮ヲ払フヲ要シ軽々ニ断ズルコトヲ得ズト雖一方帝国現在ノ地位ハ徒ニ時間ノ空費ヲ許サレズ。此処ニ於テカ帝国ハ不取敢臨時的措置トシテ当然廃止又ハ改正セラルベキ憲法条規ノ改廃ヲナスト共ニ憲法改正ノ具体的方向ヲ指示シ一般国民ノ意向ヲ問ヒ(或ハ国民投票ニ依リ或ハ議会ノ解散ニ依ル総選挙ニ基キ)最後的改正ノ法律的決定ヲ行フベキナリ。

三、憲法改正ニ関スル具体的諸問題

憲法改正ニ関シ曩ニ記セル如ク臨時的措置ニ依ル点即「ポツダム」宣言受諾ニ伴ヒ当然生ズベキ改廃事項ト日本帝国将来ノ国体ヲ確定シ民生ノ安定ヲ図ル為自主的ニ改正スベキ点ニ分チ論ゼントス。勿論茲ニ掲グル問題ハ改正ヲ要スベキ問題ノ一部ニ止マル。
甲「ポツダム」宣言受諾ニ伴ヒ当然改正スベキ点
1、領土ノ変更ニ伴フ改正
イ、外地法ノ廃止(共通法、外地ノ官制、制令律令等)
ロ、外地人ニ関スル法(朝鮮貴族ニ関スル法令、王公族等)
2、軍隊ノ解消ニ伴フ改正
イ、兵役ノ義務(憲法第二十条、兵役法等)
ロ、軍事大権(憲法第十一条第十二条、軍令、内閣官制陸海軍官制等)
ハ、戒厳(憲法第十四条戒厳令等)
ニ、軍人ノ身分(憲法第三十二条)
乙 憲法ノ民主主義化、合理主義化ニ依ル改正ノ点
1、天皇大権ニ関スル事項ハ慎重考慮ノ要アリ特ニ規定ソノモノニ依ル弊害ヨリモ其ノ解釈、運用ニ依リ生ズル非民主主義化ヲ防止スルノ要アルベシ、問題トナリ得ル条項ヲ挙グレバ左ノ如シ
イ、緊急勅令(第八条)
ロ、委任命令(第九条)
ハ、外交大権(第十三条)
2、皇室自律制ニ対スル検討
皇室自律制中国家ニ重大ナル影響ヲ与フルモノハ之ヲ別個ニ引離シ議会其ノ他ノ干与ノ機会ヲ与フルヲ要スベシ、従テ皇室典範ノ改正モ亦議会ノ協賛ヲ経ル如クシ皇室自律制ハ皇室ノミニ関スル事項ニ限ルガ如ク考慮スルコト適当ナラン
3、帝国議会ニ付イテ
イ、貴族院令ヲ法律トナスコト及貴族院令ノ改正
ロ、衆議院議員選挙法ノ改正
ハ、議会権限ノ拡張(皇室制度ニ関スル干与、外交大権ヘノ翼賛憲法改正案権)
4、内閣制度
イ、輔弼責任ノ統一(内大臣ノ権力縮少ノ如シ)
ロ、枢密院制度ノ民主化及合理化(枢密院官制)
5、行政裁判所ノ活用
行政官庁ノ違法処分ニ関スル行政裁判所ノ権限ヲ拡張之レガ活用ヲ計ル(行政裁判法、行政裁判所令行政庁ノ違法処分ニ関スル行政裁判ノ件等)
6、請願令ノ改正(憲法改正等ノ制限ノ撤廃)
(註)帝国憲法ハ元来大綱ヲ規定シ之レガ実施ニ必要ナル事項ハ之ヲ法律其ノ他ノ命令ニ譲リ居ル為憲法(成文憲法)ノ改訂ヲ要スル点ハ少カルベシ
実際問題トシテハ憲法及憲法的法規ノ解釈及運用ニ依リ民主化合理化ヲ計ル部分最モ多キ次第ナリ。要ハ国家全体ノ心得ニシテ成文法ヲ改革スルモ其ノ解釈、実際ノ運用ニシテ旧態依然タル場合ハ結局無効果ニ終ル虞アリ。
Copyright©2003-2004 National Diet Library All Rights Reserved.