日本の宗教の流入への警戒(邦字紙記事)

Avisos alertando sobre as conseqüências da introdução de religiões japonesas no Brasil (artigo publicado em jornal de língua japonesa)

Cautions on the introduction of Japanese religions (article published in a Japanese language newspaper)

海外移住を毒する
        本願寺の布教


『伯剌西爾時報』昭和3年8月16、23日、9月20日

(上)
   一
 宗教は、精神上の糧であるとは、何人も異論のない処だ。また宗教は、どの宗教も、文明人の宗教として許し得る宗教は、皆斉しく尊敬を払ふべきものである。故に文明国と名の附く国は、の国でも憲法には宗教の自由を保障してゐる。
   二
 故に法律的に解釈すれば、何の宗教も、法律上許してゐる国へは、遠慮なく這入り得るのであるが、這入つてそれなら問題無しに行くかと云ふに、それはなかなか然様簡単には行かないものである。筆者が曽て北米西部に在留の際、日本人贔屓の米人から『在米の日本人が、全部基督教信者となるなれば、米人社会から、排日問題が一掃される』と屡々聞かされたものである。
   三
 所が在米の日本人は、基督教信者となるの反対に、本願寺から派遣し来れる開教師なる者を迎へて、集団地到る処に寺院を建て、線光臭い五分苅頭の僧侶から、仏の教を聴くことになつたので、日本人贔屓の米人も、何時の間にか愛想ずかしをする事となり、謂ゆる排日屋の言ふが儘に、日本人問題をして顧みない事になつたのである。
   四
 尚ほそれより甚だしきは、布哇はわいに於ける邦人の為草しぐさである。米国が布哇併呑の後、布哇を基督教化しやうとして、官民一致の態度で、之が宣伝に努めたるの際、日本人はそれに組せざるのみならず、反対に、本願寺から送り来れる僧侶を迎へて、首府ホノルルに寺院を建て、更に大切な児童教育まで、僧侶にまかす事となつたから、之が因を為し、後日幾多の何問題を惹起すに至つたのである。
   五
 で、あるから筆者も之れに鑑み、十二年前、北米から日本に帰り、今度は方面を変へて『ブラジルに渡らんとするの際外務省に出頭し、通商局長及び其の他にブラジル在住日本人が、相当根を張らざる間は、断じて仏教の僧侶や、之に類似の仏教宣伝者を送つてはならぬ』と建言したのであるが、我が外務省も其処に見る処があり、開教師と名の附く者は勿論、仏教を職業とするやうな者には、ブラジル行きの旅券は断じて下附しないと云ふ方針を採り来つたやうである。
   六
 所が何う云ふ間違か、今から三年半程前に、仏教の坊主で、外国語学校を出た土岐紀文と云ふ男が『僕は坊さんです』名乗を揚げて渡来し、宿屋辺りを食い廻はつて客人の懐中物を盗み取り、警官に捕へられて囹圄れいごの身となつての揚句、体能く日本へ送還されたので、聖市の心ある人達は、マア良かつたと胸をなぜ降したと共に、外務省のり方に不審を抱いたのである。
   七
 然るにまた、何う云ふ風の吹き廻はしか、本年六月渡来、リンス駅附近の某氏宅に寄寓する藤沢宏澄ひろすみなる者が『僕は本願寺から、南米在留邦人慰問使の命を受け渡来し、ブラジルに駐在してブラジル仏教を建設するを以て使命とする者だ』と云つたやうな事をさかんに吹聴してゐるが、一体箇様な事は我が外務省で許したのであるか何うか。

(中)
   一
 尤も本願寺は、布教と名の附く仕事を行らねば、本願寺の体面が保てないと同時に、金を集めねば、本願寺と云ふ大伽藍を維持し得ない処から、たまたま海外布教を志願する事あれば、外務省の厳重なる取締りの網をも潜つて、布教者を海外に派遣するを珍らしとせぬから、今回の藤沢宏澄なる者のブラジル渡航も日本内地以外で旅券を取り、本願寺から慰問使の名義で補助金を得たる細工かも知れぬが、兎に角本願寺の遣方の間違つてゐるのと、外務省の旅券取締りに抜かりのあるのとは、此処ブラジル在住者の吾々には黙止し難いことである。
   二
 本願寺にしたならば、宗教に国境がない、未だ仏教に依り救はれざる者あらば、洋の孰れを問はず、仏教を宣伝して仏門に引入れるは仏徒の使命だ、殊に仏教国々民にして海外に在る同胞に対し、仏教を宣伝するのは寧ろ当然ではないかと理屈を捏ね廻はすかも知れぬが、物事を為すには順序あるが如く、本願寺の仏教を宣伝するに於ても順序と方法との有ることを考へ角を矯んとして牛を殺すの愚を演じてはならぬのだ。
   三
 今から丁度四年前のことであるが、本願寺から羅馬へ使への途中、松原致遠師が当地へ立寄つての相談に、ブラジルへは段々日本移民が入込ので社会事業も従つて必要となつて来ると思ふが、本願寺として此の地に社会事業を起すとしたなら、何が一番良いだらうか、とあつたので、筆者は直ちに、本願寺としては此の地に如何なる種類の事業も起して貰つては困まると応へ、なほ翌日の時報紙上に「軽率に起してはならぬ本願寺の事業」と題し、其の中に左の如く

(前略)近頃聞く処に拠れば、我が本願寺の松原致遠師は、羅馬への出張の途中当地に立寄りたるを機会に、社会事業の名目を以て、本願寺で何か新事業を起すべく、此処一、二ヶ月腰を据へて調査研究すると云ふ事であるが、吾人をして率直に言はしむれば、そは如何なる種類の事業にもせよ、之を計画し実行する塲合には、決して本願寺又は仏教徒の名を以て行つて貰ひたくない。

 情的方面から云ふならば、殆ど無宗教の状態に在る在伯五万の同胞に、先祖代々信奉し来れる仏教を移入して心の聖所を照し且つ慰安を与へて遣りたきは、何人も異論なき処なるも、前にも云へる如く此処ブラジルはカトリツク教の国であり、頑固熱烈な旧教国である。若し此の際異端と思惟さる仏教をブラジルに移入し、布哇や北米や及び其の他に於けるが如く開教師を送り、寺を建て、鐘を鳴らし、仏教徒団結して伯国人と異つた社会生活を営むなら、又ブラジルに於ても排日問題を惹起し、日本人は将来永遠に此の国へ入り得ない事になる。故に吾々は宗教が欲しい、宗教が有らば土着永住も今より一層容易にはならうが、其処に大なる故障のある以上、此の故障が除かれざる限り暫く隠忍と決するか、若くは基督教に帰依して安心立命を得る事が、民族発展上極めて必要である。

 故に若し松原師が本願寺の命に依り何か伯国に社会的事業を起さんとするならば、其の事業を全然社会奉仕のものとして、事業の組織及び経営は、一に在伯邦人の自治機関に委かすを忘れて貰ひたくないものである。

と論じ、松原師に本願寺の社会事業計画を思ひ止まらしめたことがある。
   四
 所が今回又々本願寺は藤沢宏澄なる者を送り、慰問使の名を以てサンパウロに仏教を宣伝せんと企つるは、いま漸く発展し掛けた邦人の土台を、また布哇や北米のそれのやうに、顚覆破壊すものであるから、是れだけは本願寺も深く考へ、布哇や北米に於て醸した罪悪を、再びブラジルに於て繰返へさざるやう自から慎んで貰はねばならぬと共に、国際政治の衝に当る我が外務省は、本願寺をして此の有害な布教を、ブラジルに為さしめざるやう説いて欲しいものである。
(下)
   一
 書かねばならぬ事が多いのでつい間をいたが、今又茲に本問題の結論として、吾人の必要と信ずる二、三をつまんで書くことにした。本願寺の基督教国へ向つての布教は、邦人の海外移住を根本的に毒するものなること、また其の結果の恐るべきものなることは、本紙の是れまで掲載せる先憂生の『両立し得ぬ植民と仏教』を読んで見ても肯かれるのであるが、殊にブラジルの如く、カトリツク教を以て国教と思惟する国柄に於ては、縦令日本人のみを引入れる為めでも、仏教の宣伝は、爆発薬に火を投ずると同様危険である。
   二
 所が或る識者の言ふ処を聞くと、カトリツク教国に在住する日本人に仏教を宣伝するは宜しくない、が、併し目立ない程度に、こつそり行る位ひは大目に看ても宜からう、と云ふのであるが、然らば吾人は反問する、或る識者は、カトリツク教国への仏教宣伝は危険だと云ひながら、少し位ひは大目に看ても宜いと云ふなら、爆発薬に火は危険だが、少し位ひの火なら構はぬと云ふ理屈になるのだが、若し然うだとすれば、これほど愚な云ひ方はないのである。
   三
 布哇にしても、米大陸にしても、初めの間は仏教の入り方は極めて微弱なもので、御経の一巻も読めて、筋肉労働を欲しない者が、唯ほんの口稼ぎ仕事に仏教青年会と云ふやうなものを造り、スクール・ボーイ級の青年を宿めたり、寝かしたり、食はしたりして、少々の金儲けを為すに過なかつたものであるがそれが後に至つて本願寺から開教師を送り、仏教会を設るの土台となつたのであるから、初めの少し位ひならばは、後に取返へしのつかぬ大問題となつた訳である。
   四
 で、あるから初めは大事だ。善くないと決したら、少し位ひとか、こつそりとか、人目に立たぬとかと云ふことを止め、断然さう云ふ有害物は、大切な吾々の社会に入れぬやうにせねばならない。若し何かの間違ひで入つたら之を抑へる、若又圧へ切れなかつたら、権力者に訴へて適当な処置を講ずる。即ち此の方針さへ在伯同胞間に確立するなら、本願寺の僧侶が来ようと稲荷明神が来ようと、不動明王が来ようと、淫祠邪教が来ようと何も恐るる事はない。来たら伯国駐在の帝国官憲に訴へて適当な方法を講ぜしめやうし、若しそれが埒明ねば、更に他の方法を講ずれば可いのである。
   五
 只だ然し吾人の憂ふるのは、前にも云つた謂ゆる識者なる者があつて、頼まれたからと云ふ情実から、援助せずとも可い援助を敢てして、社会に害毒を流すの端緒を開くことなのだ。即ち今回の藤沢宏澄こうてうなる者の仏教宣伝行為にして見ても、単に本人だけならば、処分するに左迄手数も掛る間敷も、之をバツクする何者かが有るとすれば、それだけ此の問題の解決に手数が掛る訳だから、う云ふ有害の明かなる問題に対しては、感情や情実を以て援助せざる事に、各自が自覚するを必要とする。


国家的色彩を帯べる
         神道宣伝は有害


『伯剌西爾時報』昭和3年10月11日

    一
 本紙は本欄に於て、上中下三回に渉り『海外移住を毒する本願寺の布教』と題し、如何なる形式に於ても伯国に仏教の宣伝若くは之に関する機関設置を為してはならぬと説き、尚ほ加ふるに『両立し得ぬ植民と仏教』と題し、布哇及び北米に於ける仏教宣伝の罪悪を、事実有りの儘に叙して、在伯邦人に注意を促がし、やうやく筆をいた去月下旬に、今度は、官幣大社諏訪神社嘱託と云ふ肩書を有つ小笠原省三氏が備後丸にて到着、突如本社来訪に出会たのである。
    二
 而して氏の語る処を聴くに、『今回信洲諏訪町官幣大社諏訪神社にては、南米ブラジル国アリアンサの信濃村に一の宮たる諏訪神社奉斎の計画を樹て、自分は其の状況視察を嘱託されて来聖した者であるが、之に対し御社の意見を聞かして貰たい』と云ふのであつた。其処で本文の記者は直ちに、海外移住地に於ける仏教宣伝の悪例を引用し日本移民を伯国に入れ、それを此処に落付かしむる必要があるなら、またさうした希望を諏訪神社の関係者も持つならば、縦令如何なる形式にもせよ、伯国ぶらじる在住邦人に神道を宣伝し、神社を建設するが如き挙は断じて慎しんで貰はねばならぬと、極めて卒直に答へたのである。
    三
 神道と云へば、其の道の人々の説明を俟つまでもなく、我が国神代の神々が神武天皇を透して此の世に実現せられたる、生活規範の普遍的理想であつて、神と人及び人と人との相互の合一並に其の形式を内容と為し、普遍的信仰並に普遍的実行と離れざるものを指すのであつて、我が国の歴史上極めて尊い部類に属するものである。然しそれが如何に尊いとしても、場所を異にする場合は、直ちに之を当て嵌むるの困難なるを知らねばならぬと共に、却つて差控へるの賢明なるを悟らねばならぬことがある。
    四
 例へば吾々にして他家に養子として住み込む場合、里方は如何に立派な宗教を奉じ、家風を有つとしても、養子先きがそれを好まぬとしたら暫く隠忍して時期の到来を待つか、然らざれば離縁を申出で実家へ逆戻りするより外はない。丁度是れと同様に、我が国の神道は如何に尊いとしても、吾々の養子先きたる伯国がカトリツク教を奉づる国であり、カトリツク教以外には如何なる宗教をも入れたくないと云ふなら、此処へ仏教や神道や及び其の他の宗教やを入るることは絶対に遠慮するか、然らざれば旗を巻いて自国へ引揚ぐるより外に道はないではないか。
    五
 殊に神道は、我が国体と極めて密接な関係を有つが故に、之を伯国の邦人集団地に宣伝せんが為め神社を造り、鳥居を建てまた各戸に神棚を供へ礼拝せんとするか、或る意味から云ふなら伯国の各地へ日本国旗を押樹て、之を朝夕礼拝すると同様伯国人に取つては到底黙して過ごさるべき問題ではないではないか。其処で吾人は小笠原省三氏に向ひ、氏の伯国視察を全然白紙の視察として視察の結果、現在の伯国には、神道と云ふやうな、国家的色彩を帯ぶる宗教(宗教と云ひ得ざれば宗教類似のもの)を、全然入れてはならぬことを、氏が嘱託を受けたと云ふ官幣大社諏訪神社に対し、最も力強く報告されんことを勧告し、併せて氏の今後の言動に微細の注意を払ふこととして、一先筆を止めるものである。


他宗の宣伝は
      当分考へもの


『伯剌西爾時報』昭和4年6月13、20、27日

(上)
   一
 本紙が屡々繰返へして注意するやうに、吾々日本人としては此処当分の間、カトリツク教国であるブラジルへは、加教以外の宗教を、大ぴらに宣伝することは、日本人のブラジルへ発展する上に、断じて慎まねばならぬことである。
   二
 昨年八月も『海外移住を毒する本願寺の布教』と題し、上、中、下三回に亘り、本紙が本欄に詳論したやうに、宗教は精神上の糧であると云ふことは、何人も異論のない処であるから、宗教は、どの宗教でも、文明人が許し得るものなら、斉しく尊敬を払つて可なりである。故に文明国と名と附く国は、何れの国でも、憲法には宗教の自由を保障してゐるのである。
   三
 で、あるから法理的に解釈するなら、どの宗教も、憲法上許してゐる国へは、名儀の上から這入り得ることとはなるが、然らば這入つて問題なしに行くかと云へば、それはなかなか然様簡単には行くものではない。その実例としては、古い西洋史をひもとくまでもなく、最近三十年間の布哇はわいや北米大陸に於ける、排日史を見るなら、異つた宗教を移民が他国へ移住の際、手鞄が手拭のやうに、大ぴらに持歩きの出来るものではないことだけは判るのである。
   四
 所がう云ふ明瞭な事項を、信仰は各自の自由だとか、人は神の前では平等だとか云ふ道理から、自己の信ずる宗教を、職業的に、又は押売的に、異宗教国へ推出おしいだしてまで、布教、伝道をするのだから、そこに問題が起らざるを得ないのだ。曾て北米西部に排日の火手が上つた時邦人の牧師も、伝道師も皆口を揃へて『在米の邦人がこぞつて基督教に帰依するなら、排日問題は根底から覆へし得る』と叫んだものであるが、然し邦人中の多数が、それと行く処を異にして、本願寺派遣の開教師の説く処に耳を傾け、遂に到る所に寺院を建立し、日本人の住む所に仏教的空気を漂はすにいたつたから、排日問題は益々盛んになるに至つたのだ。
   五
 これに懲りた我が政府当局及び識者は、ブラジルへの邦人発展に対しては、ブラジルから見て異宗教である仏教僧侶の渡航は断じて許さぬとして、旅券の取締りを厳にしたので、此の点は一、二例外を除くの外好成績を挙げたと云つて可いのであるが、プロテスタントは、カトリツクと似たり寄つたりのものとでも思つてか、旧教のブラジルへ、新教の坊さんを四、五名送つた所から、或る者は学校を立て、或る者は教会を設り、或る者は地方伝道と、而かもこれが段々拡大されて行くのは、北米や布哇に於ける基督教と仏教との対立の如く、軽視し得ない問題となるらしい。
   六
 今度来伯のホーリネス教会監督の中田重治氏は、我が国基督教界の重鎮であるのみならず、海外移民の奨励者であるから、宗教と移民の関係に就ては、うせねばならぬかと云ふ位ひのことは百も承知のことだらう。所が本社ノロエステ通信に拠ると、欧洲行きの途次ほんの視察旅行だと云ふ同監督の行為は、単なる視察ではなくして、伝道そのものが目的であつた様にも受取られるが、之は旅行免状の名目に反するや否やは我が官憲に委すとしても、新教を異端と思惟する旧教(加特力教かとりつくけふ)のブラジル国へ、世界的に名のある中田監督が、態々出馬して新教を宣伝したと、ブラジル人から誤解されるやうなことでもあつたなら、折角円滑に進みつつある日伯両国の移民関係が、今後何う変転するやは、まんざら無益な心配でもなささうに思もはれるが、如何。

(中)
   一
 中田ホーリネス教会監督は、智識、人格共に群を抜いた、立派な仁である。恁う云ふ人物を日本基督教界に有するは、実に我等の誇りである。殊に聖書の研究に、何等の拘束も受けない我が国に於て、同監督の如く、放胆な聖書の真解釈者を出したと云ふことは、全世界の基督教信者に対し、大なる福音であり目醒めの警鐘として、吾れ人共に愉快に堪へざる処である。
   二
 であるから、同監督を、国宝とし、聖書真解釈の恩人として敬意を持つことに於ては、吾人も決して他の人に劣るものではないが、今日漸くブラジルに芽生へし来つた、我が移植民に対し、諸外国人が既に手を着けてゐるのではないか、と云ふ理屈から、プロテスタントに大なる反感を有つブラジル社会へ、プロテスタントでなければ世を救ひ得ないとして、世界的に名のある中田監督、又は中田監督の主宰するホーリネス教会福音使達が、塲所を構はず大ぴらに伝導をするならば、その教理は別としても、その結果は仏教の宣伝と、毫も異なる処はないと云ふことになる。
   三
 其処で吾人は、カトリツク教国であるブラジルを前提としてプロテスタントの伝道に対しても、仏教の布教に対する言葉と同一の言葉を以て、それが差控えを勧告せざるを得ないのである。然らば仏教の布教に対し、吾人に何う云ふことを言つたかと云ふに、

 (前略)仏教を広めんとする本願寺としたならば、宗教には国境がない、未だ仏教に依り救はれざる者あらば、洋の何れを問はず、仏教を宣伝して仏門に帰依せしむるは仏徒の使命だ、殊に仏教国々民にして海外に在る同胞に対し、仏教を宣伝するのは寧ろ当然ではないか、と理屈を捏ね廻はすかも知れぬが、物事を為すには順序あるが如く本願寺の仏教を宣伝するに於ても、予め順序と方法との有ることを考へ、角を矯んとして、牛を殺すの愚を演じてはならぬのだ。(後略)

と、斯く実際上から、此処当分の間、ブラジルへ仏教を宣伝して貰つてはならぬ、と云つたと同様に、プロテスタントの伝道に就ても亦、ブラジルの宗教状態がプロテスタントを宣伝してい時まで、その宣伝を差控えて貰はねばならないのだ。
   四
 と、云つて筆者は、仏教や基督新教を嫌ひだから、斯く言ふのではない。筆者は寧ろ仏教と基督教とに多大な敬意を有し、出来得るならば、それが宣伝、布教に一の労を添へたいのであるが、然しそれは、ブラジルの現在及び近い将来では為し得ない、と同時に、何人の行為と雖も、これには反対せざるを得ない理由があるから止むを得ないのである。
   五
 勿論何人と雖も、宗教の無いよりは、有る方の良いことは知つてゐる。殊にブラジル拓植業に於ける日本人の如く、殆ど何等の慰安も娯楽も有ち得ない塲所では、せめて福音使でも入つて愛の道なりと伝へて貰へるなら、落ち着きも一層良いかと思はざるを得ないが、そこに差障りのあるあつて、是非共行らねばならぬ我が民族の発展に、大なる不利があるとするならば、此処は一つ、何か他の方法で補ひを附けることとし、当分我慢するを賢明なりとする。

(下)
   一
 若し然様さうでなく、ブラジルは自由国だ、何宗教を宣伝しやうと、それは宣伝者の勝手だ、と云ふやうなことを考へる者があるとするならば、それは大なる心得違ひと云はざるを得ぬ。何となれば、自由と云ふことは何んでも勝手なことを為すと云ふ意味のものではなく、自分と他と調和を作り、双方孰れにも当り障りのない処に、自己の考へを実現して初めて、自由と云ふことが真の意義を為すものであるからである。
   二
 卑近ではあるが、一例を挙げて見るならば、プロテスタント信奉の若者が、自分から進んでカトリツク教徒の家庭へ養子に行く場合、私は養子に来たが、宗教は自由だから、自分は自分の信ずる処を行ふとて、之を無遠慮に振舞ふとしたら、一体それは何う云ふ結果に陥ゐるだらう。無論理屈から云へば、宗教の撰択は各自の自由だから、如何に養子家だと云つても、これを兎や角云へない訳であるが、実際問題としては、養子が養子先きの家風に合はぬ宗教を持込むなら、そこに問題が生じて、結局離縁沙汰にならざるを得ないことになる。
   三
 恰度之と同様に、お互は自から進んでカトリツク教国のブラジルへ養子に来ながら、その養子先きのブラジルの好まぬ仏教や、基督新教を大ぴらに宣伝するとしたならば、必ずやそこに問題を惹起して、結局旗を巻いて引下らねばならぬことと思ふが、此の点に就て、中田ホーリネス教会監督及其他の福音使、牧師、伝道師達が何う考へらるるか、これは吾人の是非共聴きたい処のものである。
   四
 それにまた近頃聞く処に拠れば、大本教の連中は、日本から取寄せた同教会発行の新聞を、或は郵便で、或は手渡しで配布し、同教の宣伝を為しつつあると云ふことであるが、これも仏教やプロテスタントと同じく、今の内何とか喰止め策を講ぜねば、後には会堂なぞを設けて、大ぴらに騒ぎ出すこととならうが、信仰は各自の自由としてもカトリツク教国のブラジル人の眼から見て、異端と思惟する他宗教を、恰も布哇や北米加州に於けるやうに、稲荷大明神だの不動明王だの、大師様だの、金光教だの、曰く何、曰く何が沢山に数を増し、日本で追はれた淫祠邪教までが這入つて、裸踊りまで演ずるやうになつて来ては、折角の日伯親善もつまらぬ処でひびが入ることとならうから、ここは吾々の大いに考ふべき処ではあるまいか。
   五
 兎に角宗教と云ふものは、感情を支配し、感情を通して動くを常とするから、一度びこれが他宗教に対する反抗として感情の高まる時は、殆んど手の施しやうのないこと、歴史の能く証明する処であるから、今の場合吾々は隠忍して、かりそめにもブラジル人の見て以て、異宗教として嫌ふやうなものは、自ら制限して、之を此処に入れざるやう注意すべきが、吾人の常に心掛くべき大切な事項ことがらとする