在サンパウロ総領事からの移民への注意

A atenção do cônsul-geral em São Paulo para com os imigrantes

Precautions from the Japanese Consul General at São Paulo to Japanese immigrants

『伯剌西爾時報』 1921年5月13日

●藤田総領事
談話の要領

 本号一面掲載の在『サンパウロ』総領事『告文』に関し尚ほ同総領事が布衍せる談話の要領を掲ぐれば

(一) 日本帝国臣民は我国法を遵奉し之に服従するの義務あるは今更事新しく言ふまでもないが一旦『ブラジル』に渡航したならば此の国に在留する間『ブラジル』の国法の保護をも受け之と同時に『ブラジル』の法律規則を遵奉し之に服従すべき義務があると云ふことを忘れてはならぬ

(二) 従つて出生、死亡、婚姻等戸籍に関する届出は日本帝国の法律規則に基き之を帝国領事館に届出ると共に『ブラジル』国の法令に従ひ成規の日限内に其の在留地の役塲にも亦之を届出でねばならぬのである違反者に対しては夫々罰則が規定してあるばかりでなく若出生又婚姻等の届を為さず其のままに打捨てて置くときは其の生れた小供が或は当国の官公立諸学校に入らんとする時或は当国にある父母の財産を相継さうぞく[ママ]せんとする時或は『ブラジル』で生れた者でなければ就くことの出来ない官職、公務其他の職業に就かんとする塲合などに種々の支障が生じて思ひ掛けない不利益を蒙らねばならぬ、聞く所に拠れば在留臣民中には若当国の戸籍役塲に出生届をすれば他日本国に帰る塲合に何等からの差支を生じはしないかと心配して居る人々も在るらしいが之は全く無用の取越苦労であつて縦令『ブラジル』の役塲に出生の届出をしたからとて之が為に帝国臣民たるの分限を失ふこともなく又少しも帝国の法律若は帝国臣民たるの義務に背くことにはならぬのである要するに各当人の利益の為且又日本臣民は其の在留国の法律規則を尊重する所の文明国民であると云ふことを示す為に此等の届出は必ず実行すべきものである

(三) 次に児童教育は其の父兄たるものが当然尽すべき一大義務であつて此の義務を完うする為には小供が学齢に達したならば之を近所の『ブラジル』小学校に入れて先づ『ブラジル』の国語でしつかり教育を施すことが一番得策であらうと思はれる若相当の児童数あるに拘らず近所に小学校が無い塲合には近来熱心に教育の普及を図つて居る『サンパウロ』州政府に願出で之を設置して貰うことも出来るであらうし兎に角『ブラジル』の国語で十分に教育を施すことは将来当国に於て大に活動雄飛せんとする小供自身の利益ばかりでなく現に当国語を自由に話す事が出来ない為に多くの不便と尠からざる不利益を蒙りつつある親達に取ても大に好都合たるべきは疑なき所である

(四) 『ブラジル』に移住した以上は各自当国の風俗習慣を尊重し一番人目に着き易い服装は素より食住其他日常の起居動作に至るまで勉めて当国人と同化する様に心懸り且つ之を躬行実践せねばならぬ縦令一人の少数にせよ在留日本人間に心得違ひの者があれば是れ軈《やが》て帝国臣民全体が当国人から指弾排斥せらるる原因となるのであるから深く此の点に注意し且出来得る限り『ブラジル』人及其他の外国人を親密に交際する様心懸け日本人ばかり一隅に割拠して自ら他国人を除外若は排斥するが如き弊に陥つてはならぬ。

(五) 在留帝国臣民中土地を購入し又は確実なる借地契約に依り独立して農業を営んで居る人々に対し出来得る限り諸般の保護並に便宜を与へて其の事業を奨励助長する為当総領事館に於ては誰々が土地所有者又は借地経営者であるか又其の事業は如何なる規模であるか等の事項を予め知つて置く必要がある、仍て従来屡々邦字新聞に公告するなど種々の方法を以て其の届出を促して居るに拘はらず未だ其の届出を実行して居らぬ人々の多いのは甚だ遺憾とする所である、斯くては万一其の土地に関して紛紜が起つて領事館の保護を要する塲合又は事業拡張等の目的を以て親戚若は同志の呼寄証明を領事館に出願せらるる塲合などには忽ち支障を生じ独り領事館々務の進捗を妨ぐるばかりでなく延いて各本人の不利益を招く虞れもあるから所有地届並に借地届は勿論のこと移転の塲合にも其都度転居届を遅滞なく差出す事が肝要である。

在留民諸君に告ぐ

 凡そ帝国臣民たる者は国の内外を問はず我国法を遵奉し之に服従するの義務あるは茲に言を俟たざる所なるが苟も永住の計を抱きて当国に渡航したる者は一面当国官憲の保護を要望する同時に其の法律規則を遵守し且善良なる風俗習慣を尊重すべき義務あることは多数在留諸君の夙に熟知せらるる所なりと信ず。然るに往々之に反し周囲事情の余りに自由なるに狃《な》れて当国の法規を無視し官憲の行政処理に多大の不便を与へ若くは当国人をして不快を感ぜしむる如き故国の風習を露出して省みず附近衆人の指弾を招く者あるは啻に当事者自身の不利たるのみならず他日排日の因を醸す者と謂ふべく諸君と共に本官の深く遺憾とする所なり、依て本官は左に在留臣民として特に実行の要ありと思考する事項を掲げ普く注意を喚起すると共に今次内地巡回に際し機会ある毎に之を諭告せんことを期す、各地在留の先覚諸君に於ても本官と協同本趣旨の徹底的実行に努力せられんことを冀望して止まず。

(一) 当国在留中は当国の法律規則を遵守すべき義務あること

(二) 戸籍に関する届出は最寄領事館に手続すると同時に当国戸籍係にも之を為すの義務あり就中出生及婚姻の届出は本人の利益の為にも必ず之を実行せざるべからず若之を怠る時は遺産を相続する能はずして全部を官没さるゝ塲合あるべし

(三) 当国に於ける児童の教育は当国語を以て之を行ふを得策と思考するを以て学齢に達したるものは可成く速に附近の伯国学校に入学せしめられたく尚地方の情況にして之を許さば毎日二三時間補修科を設け日本語を授くることを望む

(四) 当国の善良なる風俗習慣を尊重し仮令本邦特有の風俗習慣と雖も当国人をして不快を感ぜしむる如き風習は之を露出すべからず且徒に本邦人のみ一隅に孤立分居して当国人が本邦人を排斥する前我先づ彼を除外せんとするが如き行動を慎まざるべからざること

(五) 当国在留民にして登録未済のもの及土地を所有し若くは借地し独立して農業に従事するものは土地の面積使用人の員数其他を具し夫々最寄領事館へ届出づることを要す、身分及住所等に変更を生じたる者も亦同様必ず届出でざるべからず然らざれば他日領事館の保護並に便宜を要する塲合当局の事務処理に不便を与ふるのみならず延いて各本人の不利益を招く虞あり  以上

    大正十年五月九日
     在サンパウロ
        総領事  藤 田 敏 郎